拍手御礼小説 「飲み比べ」


 軽やかな足取りが――とは言っても、無重力で足取りも何もないのだが。重力があったならばスキップでもしたのではないかと思わせるほどに、機嫌がよく見えた――1つの部屋の前で止まった。
 開閉ボタンを押すその手には、1本、反対の手には2本のビンを持って。
 あくまで機嫌よく。
 ともすれば鼻歌なぞ歌ってみたりして。
 ここまで機嫌が良いのは珍しいと、長い付き合いの幼馴染も言うだろう。
 ここ戦場、戦艦において。
 憂いをおびた顔を見慣れた同僚たちは一体どのような反応をするのだろうか。
 と、ただしその疑問にキラ自身がいきつくまでには、彼は自分の機嫌の良さを自覚してはいなかった。
 シュッ――――。
 軽い音をたててドアが開く。
 中を覗いて、キラの笑みは更に深くなった。

「アスラン! イザークにディアッカ、ニコルも。みんなここにいたんだ」

「キラ?」
 違和感を、感じたのかもしれない。
 アスランがいぶかしげにキラの名前を呼んだ。
 しかしキラはそれには応えず、それより、と続ける。

「珍しいね。みんなが一ヶ所にいるなんて。しかもイザークたちの部屋だし」
 食堂ならばまだ考えるのだが――しかしながらやはり全員仲良く一ヶ所に集っているのは少ない気がする。
「キーラ。朝言っただろ。今後のことについて話したいことがあるって。あまり大っぴらに話すことでもないから部屋でって」
 そうだっけ? と考えて、ああそうだったかもと薄れた記憶を掘り返す。
 でもあまり真面目に聞いてはいなかった。
 どうせアスランが手を引っ張っていくと勝手に思っていたし。
 だいたい朝寝ぼけてるときに言うアスランも悪い…………と主張したい。

「アスランとキラの部屋は何で使えないんだっけ?」
 ニヤニヤと笑いながらディアッカが言うのは、あらんことでも想像しているのかもしれないが。
「え、僕らのとこ? そりゃあ、ねえ。ね、アスラン?」
 意図するところを察して、含みのある言葉でアスランにふってみる。
 そんなことをしたくなるぐらいには、本当に機嫌がよかった。
 珍しいことに。

「へえ? 何があん………って、イッテー」
「お前は少し黙っていろ!」
 下世話な同僚に、彼の同室兼恋人――だとキラは思っている――から鉄斎が下った。
 そういう類の話に過敏に反応する多少潔癖の気がある彼に、キラはふとディアッカの気持ちがわかった気がした。
 真っ赤になって慌てたり怒ったりするその反応自体が楽しくて、可愛いのだろう。
 口に出せばキラがイザークに殴られかけたり――アスランが止めるだろう――もしくはそれでなくても無駄にうるさくなるだろうから、言わないけれど。
 悪趣味だなあと思うと同時に一種の感動を覚えた。
 体をはった彼の行為に。

 それにしてもきれいな蹴りだった。
 さすがというべきか。
 ああやって打たれ強さというのはつくられていくらしい。

「今作ってるマイクロユニットの部品やら工具やらが転がってるんだ。昨日片付けるまもなく、キラにベッドに押し込まれたから」
 ため息をつきながらアスランが言う。
「時間忘れて没頭する君が悪いんだろ。それにどうせ片付けても夜にはまた同じ状態になるんだったら同じだし」
「そういう考えだから部品なくして作れなくなったりするんだろ、お前は」
「いいんだよ。もう作る必要ないんだから」

「まあまあアスラン。キラも。そこらへんにして本題に入りませんか」
 若草色の髪のおだやかな少年が言うが。
 何故彼の部屋は話題にのぼらないのか……。
「……って言いたいところなんですけど」
 『けど』にいように力を入れて最年少の少年はキラに向き直った。

「それ、何ですか?」
 見回せばキラ以外全員の注目は、キラの手に、更に言えばキラのもつものに注がれていた。
「何って……お酒?」
 見てわからないのだろうか。
 キラは心持ち首をかしげた。

「お酒? じゃなくてさ。どっから持ちだしてきたんだよ、それ」
 さすがのディアッカも不審げだ。
 この艦内において酒の置いてあるところ、といえば調理場ぐらいだろうが――この場合堂々ととつけたほうがいいかもしれない。
 しかしそれはどう見ても料理酒には見えなかった。
 しかも誰でもわかるだろう、アルコール度数は高い。

「僕のだよ。僕の部屋から持ってきた」
「どういうことだ、アスラン!?」
 やはり潔癖らしいイザークの気には召さなかったのか。
 お前がすべて悪いと言わんばかりのそれに、矛先が違うだろうとは過半数の思いだ。

「何で俺に言うんだ。キラだろ。俺は知らないぞ」
 苦虫をかみつぶしたような顔のアスランも、キラが酒を持ち出したのがそんなに気に入らなかったのだろうか。
 険しい視線に不安にかられた。
「キラ。お前どうしてそんなもの持ってるんだ。戦艦で戦場なんだぞ、ここは」
 いつ戦闘になるかわからない。
 しかもここにいる全員はMSのパイロットだ。
 いざとなったときに、酔って戦えないなどとは笑いごとではすまされない。

 けれど。
「隊長がいいって言った」
 キラは免罪符を掲げてみせる。
 その瞬間、紅服のパイロットたちの顔には『あの人はっ』と書かれたのをキラは見た。
「それに今日はどうせもう地球軍の襲撃はないと思うよ? こっちも仕掛ける予定ないし」
 だから、と続ける。

「呑み比べしよ」
 にっこりと笑って。

 沈黙がおりた。
 気まずいというよりは、反応に困っているらしい。
 キラは無視してコップを要求するが……。

 最初に口を開いたのは、意外にもニコルだった。
「いいかもしれませんね。むしろ。許可ありで飲めるなんてこと滅多にありませんよ」
「ま、確かにねー。そうっちゃそうなんだけどー」
 ディアッカも頷くには頷く。

 あと一押し。
 それで堕ちる。
 判断したキラはディアッカのほうに近寄って彼の前にすとんと座った。

「ディアッカも持ってるでしょ? お酒」

 旅は道連れ。
 とは少し違うかもしれないが。

「……ディアッカ、貴様っ!! お前は本当に軍人なのかっ! どこだ、どこに隠している!?」
 イザークは素直だ。
 素直で真っ直ぐだ。
 こちらの期待を何も裏切らない。
 隠し場所を聞いてどうしようというのだろうか。
 だしてしまうのだろうか。
 そうすればもう手が伸びてしまうのは時間の問題だというのに。
 キラは思惑通りにことが運んでいくのを楽しく傍観させてもらう。

「ど、こって……。いやまあ、その、うん。…………じゃあ、飲むか!」
「目を逸らすな。話を逸らすなっ」
「まあまあ、お前も好きだろ、酒」
「そういう問題じゃっない!」

 言い争いが始まった横で。
 ニコルがやはりいつもどおり穏やかな調子で。
 言った。

「それじゃあ僕も出しますよ」

 ああもう勝ったも同然である。

 ただ気になるのは、さっきから黙ってしまっているアスランなのだが。
 彼にも是非とも飲んでもらわねばならない。
 というか。
 アスランが飲まなければおもしろくない。
 みんなで、全員で、飲むから意味があるというのに。

「アスラン?」
「ん? ああ」
「いやなの?」
「いや、別に。ただ……」
 歯切れが悪い。
「ただ?」
 聞き返すが。
「キラが…………なんでもない」
 途中で止めてしまう。
「アースーラーン?」
「なんでもないよ。ただちょっと大変なことになりそうだなあ、と。イザークが酔ったりしたら」
「なんだと、貴様。俺を愚弄するのか。酒の一杯や二杯ごときで酔うか」

 器用だ。
 なんとも器用だ。
 ディアッカに怒鳴っていたのではなかったか。
 イザークは条件反射ともいえるスピードでこんどはアスランにむかっていっていた。
 その間そそくさとディアッカは酒をだしてくるのだから、どうしようもない。

「一杯や二杯じゃないよ? 飲み比べだってば。ちなみに敗者には罰ゲームがまってます」

 あとで更にキラも追加分を持ってこようと思っていたが――今もってきてるのは手にもてただけなので――もしかしたらその必要もないかもしれないと思ってしまったのは、ニコルがディアッカを引き連れて自分の部屋に行ってしまったからだ。
 完璧に用途は荷物もちだろう。
 一体どれだけもってくると言うのだろうか。
 イザークはアスランに夢中で気付かない。
 アスランは気付いたらしく、少し眉を顰めたが。
 しかし何も言わなかった。


「アスラン、勝負だ。貴様には負けん」
「キラ、その飲み比べ、全員参加なのか?」
「もちろんだよ」
「ああ、そう」
 そう言うアスランの目は、いささか遠くを見つめていた。
 きっと最終的な惨状など思い浮かべているのだろう。
 そういう気がかりは全部なしで、今日は何もかも忘れて飲みたかったのに。
 苦労性の幼馴染はなかなか思い通りに動いてくれない。
 やはり少々不満で、キラはアスランに手を伸ばす。

「僕の目標はアスランを潰すことだから」
 イザークと結託はしないけど。
 でも今日くらいは……、何もかも忘れて楽になって欲しかったから。
 たまにはそんな日が絶対に、必要だから。

「俺を? 勘弁しろよ。酔ったお前を部屋に連れ帰らなきゃならないのに」
「いいじゃん、みんなで雑魚寝」
 きっとそれは見るほうにしてみれば悪夢だろう。



「と、ニコル、ディアッカ、お帰り」
 抱えてる酒は…………、一体どこにそんな隠すスペースがあったんだと思われるほどといっておこう。

「さあて。始めますかね」
「ちなみにキラ? 罰ゲームってなんなんですか?」
「ん〜。そうだね。んじゃあ、ナース服で」

 ピキッと、なんだろう今の音は。
 空気にひびが入った。
 ……気がしないこともないけれど、まあ気にしない。

「キラ」
「なに、アスラン?」
「お前、ちゃんと考えて言ってる?」
「大丈夫だよ、アスラン似合うから」
 保証するといってやれば、アスランはあからさまに頭を抱えた。
「標的は俺なのか、じゃなくて。お前想像してみろよ。もしディアッカが負けたらどうするんだ」
 リアルに想像してしまったのか、心なし青くなっているものが約4名。
「ディアッカが負けたら? だからディアッカの看護婦さんだってば」
 さて何人が暢気なキラに殺意を抱いただろうか。

「いやなの?」
「さすがに、な」
 ディアッカの看護婦さん……。
 注射器もって………………………………やめよう。
「じゃあ変える? うさぎ耳とか」
 意外と似合ったりしないかなあと呟くキラの思考回路はいかがなものか。
 教育方法間違えたかな、とアスランは一人ごちた。
「基本的に何も変わってないだろうがっ!!」
「だいたいどこにあるっていうんだ、それ」
 イザークが怒鳴り、さすがにディアッカも止めの姿勢に入っている。
 別に負ける予定だとかそういうことではないだろうが。
「え〜。あ〜〜〜〜。ニコルとかもってないかなあ、とか?」
「さすがにもってないですね。すいません」
 否定するが真実はわからない。
 悪夢を見てたまるかというのがありありとわかるからだ。

「しょうがないなあ。ネコ耳」
「ありません」
 と、ニコル。
「隊長の仮面つけて一日」
「ヘビーなのでやめてください」
 と、アスラン。
「隊長にチュー」
「俺はまだ死にたくありません」
 と、ディアッカ。
「ほっぺただよ?」
「やってられるかっ!」
 と、イザーク。
「みんな我が侭だよ」
 と、キラ。

「やりたいことやったら罰ゲームじゃないじゃん。やりたくないことだから罰ゲームなのに」
「せめて範囲のことにしてくれ」
 アスランの声には切実な疲労感が漂う。
「じゃあいいよ。女性用の軍服ね。もう変更しないから」


「キラ潰そう」
 ディアッカがぼそっと呟いた。

 アスランは……、複雑な気持ちだったとか。




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言い訳。
ディアッカのウサギ耳…………。想像した俺はバカだ。
短い。ってゆーか。当初はギャグの予定だっただなんて死んでも言えないものになってしまったのは何故だ。いえ、ところどころ跡がありますけど。
一つ言わせていただけるのならば。あそこで襲ってこそのアスランだろう、と。うちのアスランは輪をかけてヘタレです(泣)