拍手御礼小説 「カキ氷」


「夏と言えば!?」
 ガチャっとドアを開けて、炎天下の中家へ――とはいえ、車での移動は空調がきいていて、そう不快なものではなかったが――帰ってきたアスランを迎えたのは、『おかえり』という言葉ではなく、かといって空の家というわけでもなく、さらに言えばご飯でもお風呂でも私――ってなんだ。やっぱり暑さで頭がやられたのかもしれない――でもなく、そんな不可思議な問いかけだった。
 しかもどうやらわからないという答えは答えとして認めてくれそうにない。
 なんなんだと思いつつ、リビングに入ればぐったりとソファでうつぶせるキラがいた。
「だから、夏と言えばっ?」
 さっさと答えろと言わんばかりのキラは、顔を上げる気配さえみられないほどかったるそうだというのに、意外にも声だけは元気だった。
 しかしそれにしても気になる点はそれだけではなかった。
「キラ、クーラーは?」
「それ、答え?」
「いや、違うよ」
 くるっと狭いところで器用に寝返りを打ち、仰向けになったキラがアスランを見て言うのに、首をふって答えた。
「アースー」
 とがめるように言われるが、しかし気になったのだから仕方ない。
 キラはクーラーをつけず――家に入ったとたん思ったのは、暑い、だった――どこから引っ張り出してきたのか、最近はあまり見かけることの少なくなった、扇風機なぞまわしていたのだ。
 不思議に思うなというほうが無理だ。
 しかもそれで満足しているのならまだしも、どっからどうみても暑さにやられていますと解釈するしかない状態で。
「ってゆーかなんでいきなり」
「どうでもいいの。深く考えないの。とりあえず夏と言えば?」
「……海?」
 とりあえず、答えてみた。
 海だなんてそんなものしか思いつかない自分に――いや、答えとしては決して間違ってはいないのだが。むしろ妥当なものである――我ながら単純だと思わずにはおられなかった。
 キラも随分と不服そうな目で見てくれる。
 一体何を望んでいるというのだろうか。
 わからない。
 この暑さの中では考える気も傾き−47のグラフ並みに下がっていく――なんで47なのか。とっさにでてきた数字に、相当に末期だと思う。これはもともとか、それとも暑さのせいなのか。
「他には?」
 ……もしや当たるまで言わせるのではないだろうか。
 うんざりする予感に、キラは変なところで頑固だからとよくわからない理由も付属された。
「祭りとか」
「他に」
「プール」
「他」
 本気で当たるまでやらせる気らしい。
「向日葵」
「違う」
「キャンプ」
「違う」
「風鈴」
「ああ、それいいね。でも違う」
 一瞬キラの顔がほころんだので安心しかけたが、だがまだ許されないらしい。
 いいかげんにしてくれとアスランはため息をついた。
 一度もう終わりかと期待しかけた分、疲労感は大きかった。
「蚊」
「他」
「すいか」
「違う」
 そろそろうんざりを通り越して、苛立ちへと変わってきた。
 部屋の中が常とは違い暑い――いつもは暑いのが嫌いなキラはちゃんとクーラーをいれている。というか、がんがんにかけている――のも明らかに原因の一つだろう。
 しかしここで降参というのも、なんだか腹立たしい。
 そう思ったアスランはちょっとした意趣返しなど考えてみた。
 だいたいこの答えのまったく見えない問いは、難しすぎる。クイズではない。答えを考えるのではない。キラが望むものを探し出さなければいけないのだ。
 それが艶っぽい戯れだったらのってやってもよかったのだが。もしくは心穏やかな気温、そして不快指数であったならば。
 いかんせん条件が悪すぎた。
 だからアスランだってこんなことぐらい言いたくなるのだ。
「課題」
「っ……」
 夏といえば、課題。
 夏休みの宿題。
 最後の最後までやろうとしないキラの手伝い。
 懐かしい、確かに夏の思い出である。
 たじろぎを見せたキラに、一瞬の爽快感を覚えた。
「終わりか?」
「ハズレ、だけど、も、いい」
 いっきに疲れが増幅でもしてしまったらしい。
 もう指一つ動かす気にならないと主張するように、ソファになつくキラに、仕方ないなと苦笑して。
 アスランはその腕をひっぱって起こした――座るところを確保したかった。
 そっと頬に手を添えると、暑苦しい触るなとキラの目が言う。
 無視して軽く口付けた。
 きっとこれくらいは許してくれるはず。
 なだめ方はちゃんと考えてある。
「暑い」
 キラの声がいっそう不機嫌そうになった。
 だったらクーラーつけろよといいたくなるのは当然のことだろう。
「そうだね」
「カキ氷でも食べないか」
「アス!?」
 言った瞬間、目を見開いて驚かれて、いやむしろ驚いたのはこっちのほうだ。
 何かまずいことを言ったのだろうか。
 少し不安にかられながらも、手にもった袋を示した。
 ドライアイスは入っているが、こんなところで埒の明かないやりとりをしていては溶けてしまう。
「くっ、はは、あはははは」
 いきなり笑いだしたキラに面食らった。
 だから何がどうしたというんだ。
 本当に暑さでどうかなってしまったのか。
「君って最高。大正解」
 いやだから、咳き込むまで笑うことはないと思う。
「はあ?」
 なんなんだいきなり、というより、さっきから。
 しかも大正解って。
 ……もしかして、夏といえばの答えだろうか。
「あのなあ、キ……っ?」
 そして困惑はさらに加速される。
 キラはアスランのシャツの襟首をくっと引き寄せると、さきほど不満げにしていた行為をそっくりそのまま返してくれたのだ。
 否。
 そっくりそのままではない。
 軽く触れただけのアスランに対して、キラはその腕をアスランの首に回し、何かを強請るようなキスをしかけてくる。
 暑いんじゃなかったのかと思ったが、さすがにここで水をさす気にはなれなかった。
 舌を差し込んでくるキラは、珍しくも積極的で。
 応じてやりながらも疑問はふくれる。
 そっと離した時には、頬は上気して瞳は微かに濡れていてとても扇情的だったが、顔は無邪気な子供のように心底楽しそうに、満足そうに笑っていた。
 おかげで変なジレンマに陥るはめになってしまった。
 手をだしたい。
 が、今手をだしたら犯罪を犯してる気分になるだろう。
 けど、誘われてるとしか思えない。
 ってゆーか、今ここでやるのは暑い。
「ん〜、大好きだよ」
 抱きつかれたままなのだが、ここでアスランが腕をまわせば、暑いと突き放されることが予想された。
「……カキ氷が?」
「カキ氷も。大好き」
 同レベルなのか?
 肩を落とすアスランにキラは気付いているのかいないのか。
「それは、良かった」
「ん。でも、それ片付けてきて?」
 すっと示されたのは冷凍庫だった。
「……なんで?」
 まだ溶けてないと思うよと言っても、違うといわれてしまう。
 しかも何を思ったのかキラは棚のほうへ行こうとする。
 腑に落ちない点はいやになるほどたくさんあったが、まあいいかとそう思ってしまうのは惚れた弱みだというやつか、それとも幼馴染としての慣れか。意外と後者な気もする。
 アスランが冷凍庫に買ってきたカキ氷をしまう間、キラはなにやらごそごそやっていた。
 どうでもいいが、このカキ氷はいつ食べられることになるのだろうか。
 悪くすればアスランの留守中にキラが両方とも食べてしまうだとかそんなことも有り得るんじゃないかとか。いや、別にいいけれど。甘いものはそこまで――つまりキラほど――好きなわけじゃなかったし。今日も買ってきたのは純粋にキラのためにだ。
「で、キラは何をしたいんだって?」
 聞けば、上機嫌で目の前にさしだされたものがあった。
 独特な形をした、だいたい20センチちょっとの、上には使用方法が限定されたレバーのついた……。
「また……、いやにレトロなものを持ち出してきたな、お前」
「暑い〜って言ったらお母さんが送ってきてくれた」
 カキ氷機(手動)。
「やっぱ、夏はこれだよね〜。あ、氷とって。さっきつくっといたから」
 それから、とキラがにっこり笑った。
 あんまりいい予感のしない笑顔だった。
「僕宇治金時がいいな」
 はい、と渡されるカキ氷機(手動)。
「……作るの俺?」
「そう。僕は材料調達係。もーアスラン待ってる間に干上がるかと思っちゃったよ」
 なら先に食べてろよ、とか、だからなんで扇風機でクーラーつけないんだよ、とか。
 言いたいことは色々あったが、まあ、これはつまり、それだ。
 アスランを待っていたと、アスランと一緒に食べたかったのだと、そういうことで。
 それを思えば何をされてもまあいいかで済ませてしまえる気がするから、恐ろしい。
 しゃこしゃこアスランがまわすのを、満面の笑みでキラが見つめる。
 そういえば、と思い出したのは幼い頃の似たような情景で。
 しかしあの時はキラがまわしてアスランが見る――この場合見るというのは、見つめるの意味ではなく、こぼれないように見張ってるだとか、何につけても絶対に一回は失敗しなければ気がすまないらしいキラの面倒をみたりだとかそういった意味だ――という今とはまったく反対だった。
 何も変わっていないようで、やはりどこかが変わっているのだと、変なところで実感した。
 少なくとも、あの時よりも今のほうがずっと幸せだと感じていると。




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言い訳。
僕も宇治金時がいいなあ。