ほしいもの


 終戦という名のもとに、僕の人殺しな毎日が、とりあえずの終わりをみせた。
 いや、みせているというべきか。
 僕はラクスの用意してくれたプラントの片隅の部屋で、日々を穏やかに過ごしてる。
 いいか悪いか、そんなものは全部抜きにして。
 ただ気楽ではあった。
 とはいえ、何故だかとても空虚だと感じることが、最近多くなってきた気がするのだけれど。
 理由は、考える気などなかった。
 だってなんとなくだったらわかってるんだ。
 僕は…………。
 もとめるべきでないものを求め、探し、そして望む。
 具体的な名前を挙げるのが怖かった。
 だから未だに僕は、一歩も進むことができずに、立ち止まる。
 否。
 座り込む。
 少しでも動いてしまえば、止まっていた景色が変わってしまうだろうから。
 怖かった。
 それだけだった。
 それだけだったけれど。
 何よりも大切なことでもあった。



 変わり映えのない…………。
 これも、違うか。
 変わっているものを意図的に見ないようにしてきた毎日で、それでもたまに訪れる変化は、やはり僕から起こすものではありえなかった。
 来るんだ。
 どうしてかわからないけれど。
 ラクスとか、ディアッカとか、最近はその友人で戦時中はデュエルに搭乗していたというイザークも。
 それからバルトフェルトさんとか、一緒にダコスタさんとか。
 それから……、いろいろ。
 遊びにだとか、近くに来たからだとか、こじつけみたいな理由をつけて。
 何がしたいのかまるでわからない。
 何で僕なんかに会いに来るのか、本当に不思議でならない。
 僕はこんなに罪にまみれているのに。
 触ったら、近くに寄ったら、汚れてしまうよと何度言いかけただろう。
 血だらけの手を握り締める。
 もう何も掴まないように。
 誰にもすがれないように。
 戒めて。
 それから笑う。

 ああ、そうだ。
 アスランも、来る。
 よく来るだとか、なんでそんなにだとか来すぎだとか、言っていいほどにアスランはよくここに訪れる。
 何で来るのと訊いたら、困ったように彼は微笑んだ。
 どこか哀しそうに。
 なんでそんなこと訊くの?
 答えずに、そう彼の口が動いたような感じが、というか、無駄に優秀な視力が捉えたのだけれど、耳には聞こえなくて、アスラン自身も僕に聞かす気がなかったみたいだったから、あえて知らないふりをした。
 そうじゃなかったら僕は言っていただろう。
 わからないからだと。
 たぶん。
 それを言ったらアスランはもっと悲しむんじゃないかと、漠然と思った。
 彼を悲しませるのは本意ではなかった。
 だから黙っただけで。
 そこに存在してしまっている本音はどうしようもないのだけれど。




「……アスラン」
 小さく呟くように呼んだ名前は、彼に届いたのか届いてないのか。
 まあどちらでも、かまわないか。
 大して意味はない。
 ただちょっと、呆れていると滲ませてはいたけれど、それは態度で全面的に表現しておいたから、そう必要でもない。
「キラ」
 僕がどんな態度をとろうとまったく気にもかけずに、アスランがにっこり笑って僕の名前を呼んだ。
 僕は、これが嫌いだ。
 この名前を呼ぶという行為も。
 彼が呼ぶということも。
 異様に優しいその声も。
 全部キライだ。
 どことなく、怖い。
 期待してしまいそうで。
 思わず望んではいけないものを望んでしまいそうで。
 願っているものに、手をのばしてしまいそうで。
 怖いから、目をそむける。
 いつものこと。
「おはよう。よく眠れた?」
 おはよう。
 よく眠れる予定だったんだけどね。
 君がたたき起こさなければ。
 心の中でぼやく。
 あくまで心の中で、だ。
 だのにアスランは軽く肩なんかすくめてみせるのだ。
「でもキラ、もうすぐお昼だよ」
 どうやら彼は僕が言いたいことなど全てお見通しらしい。
 あまりうれしくないことに。
 すっとのびてきた手が、きれいな指が、僕の髪を一房弄ぶ。
 その動作はあまりに自然だった。
 自然で、自然すぎて、違和感なんてどこにもなくて。
 嫌だとかそんなことはもう思わないのだけれど、僕もたいがい毒されてきたよなあとは思う。
「そろそろ起きないと」
 不法侵入者は家だけでは飽き足らず、終には、僕の一番の安らぎの場であるベッドの中まで侵入しようというのか。
 ってゆーか。
 なんでアスランが僕の家の鍵を持っているんだろうか。
 ラクスだったらまだわかるのに――この家を用意してくれはラクスだから。
 まったく府におちない。
「……るさい」
「キーラ」
「僕の今日の予定を教えようか」
 寝起きのくせに妙にしっかりした自分の声が癪に障る。
 要は、ずっと起きていたということの証だから。
 さすがに10時間も20時間も平気で寝れるはずがない。
 が。
「午前中、気が済むまで寝坊。午後昼寝。夜就寝。座右の銘は寝る子は育つ」
 悔しいので、邪魔をするなとつきつけて布団を被りなおした。
「変更要請」
「却下」
「……どうせもう目が覚めてるくせに」
 ぼそっと呟かれた。
 むかついたので枕を投げてなんてしてみたけど……。
 さすがにヒットはならず。
 受け止められた。
 とりあえず返せと手をだしてみたら、反対側に投げ捨てたのだから、アスランってば意地悪だ。
 もともとよくなかった機嫌がさらに急降下して――――。
 アスランに、あたるべきでないことは僕が一番よくわかっているのだけれど、それでも止まらないことはある。
 こんな日に限って顔を見せるアスランも悪い。
 幼馴染を主張するなら、習性ぐらいわかって当然なんだ。わざわざそんな日を選らんで来たってことは、八つ当たってくださいって意味なんだよね。きっと。たぶん。絶対。そうに決まってる。
 適当な誇こじつけで納得するしない以前のところでごまかして、僕はもうどうとでもなれと深く考えることを放棄することにした。
 手始めに、王道な八つ当たりから始めることにする。
「るさいよ。でていってよ。なんでここにいるのさ。ってゆーか今日って休日じゃないよ!? 君仕事はどうしたの」
 枕は捨てられてしまったので、最近まったく使用してない目覚まし時計など投げつけてみた。
 しかしアスランはそれも顔の前で簡単に受けとってしまった。
 さすがっていうよりは、当たり前か。
 今は軍をやめてしまったとはいっても、なんだっけ? そう、「えーすぱいろっと」だとかいうやつだったんでしょ?
「今日は休み」
「嘘つき」
 今日は休日なんかじゃない。そしてアスランの仕事の休みはだいたいが週末だ。もしくは、激務すぎてないか――それでも一番マメにうちに顔をだしてるって一体どういうからくりになっているのか本当に知りたい今日このごろ。
「嘘じゃないよ。ちゃんと有給とったから」
「君……。馬鹿だろ」
「心外だな」
 ダメージどころか気にとめてさえいないくせに、アスランはどこか乱暴に僕のかぶる布団を引っ張った。
 これははっきり言って分が悪い。
 戦争が終わって、ぐうたらぐうたらちっとも動かずにいた僕と、それとは正反対なアスランとだったら、綱引きならぬ布団引きにおいてどちらが優勢かなど、言わずもがなだ。
 彼の激務が体力を削っているという可能性を期待してみたりしたけれど……、たぶん無駄だろう。
「キラ。時間は有効に使うべきだと思わないか?」
「思わないよ」
「……キラ」
 たまに、思うんだけど。
 アスランはキラキラキラキラ言いすぎだ。
 キラだけで最近全ての感情を表現できるようになってるんじゃないかと密かに疑ってみたりする。
 今またその二つの文字だけで、「いいかげんにしろよ」と「しょうがないなお前は」の二つを、器用にも表現することに成功したようだ。
「今日は今日しかないんだぞ」
「意味わかんないこと言わないでよ。あたりまえじゃん」
「ならもっと有意義にだなあ」
「有意義に、僕は寝る」
「それのどこが有意義だよ」
 精一杯抵抗する僕から、それでもまだどこかに余裕を残して、とうとうアスランは布団を引き剥がしてしまった。
 それでも往生際悪くシーツにしがみついてみたんだけど。
 僕の完全なる敗北は時間の問題だろう。
「キラァ。何が気に入らないんだよ」
「何もかもだよ、アスラン。何もかも。気に入るものがないくらい気に入らない」
 特に今日なんていう日は。
 そう告げるとアスランはため息をついた。
 重く。
「ねえ、キラ。俺はキラじゃないからキラが何を感じて何を思っているかなんて、そんなものわからない。言ってくれなきゃわからないんだ」
 僕の頭の横でベッドに腰掛けたアスランは、今度は何の作戦かそんなことを言う。
 そんなこと――うそばっかり、言う。
 わかってるくせに。
 それとも何?
 アスランも僕みたいに、わかってるけどわかりたくない派なわけ?
「キライだ」
「そう。それで?」
 何が、とは訊かなかった。
「嫌いなんだ。だからいらない」
 主語も目的語も修飾語も補語もなく。接続詞は接続詞の役割を捨てた。
「なんにもいらない。ほしくない。いらない。いらないったらいらない」
「嘘だな」
「知ってるよ、そんなこと! でもいらないんだっ!」
 何も。
 誰も。
 だって駄目だから。
 いけないから。
「ねえ、キラ」
 やわらかい声に耳を塞ぎたくなった。
 ふいに体温と重みを肩に感じた。
 それから、耳元で声がする。



「誕生日おめでとう」



「――――っ」



 何を言われたのか、理解したその瞬間にはもう、僕は足を蹴り上げていた。
 けれどそんなことに適した体勢でなかったことだけは確かだ。
 アスランもあまりといえばあまりのタイミングに対処が遅れたらしい。
 あたることはなかったけれど、受け止めることもなく、絡まって、僕らは二人してベッドから落ちた。
「……った」
「何やってんのさ、アスラン」
「ってお前がやったんだろ」
「違う。そのことじゃない」
 僕が言いたいのは、そっちじゃなくて。
 ベッドから二人して転げ落ちたくせに、その衝撃をもろに受けたのはアスランだけだった。
 自分で受身をとることもできなかったくせに、彼は僕だけは庇った。
 結果、腰を打ってるんだから馬鹿だ。馬鹿としかいいようがない。本物の、大ばか者だ。
 呆れるうんぬんを通りこして、どこか寂しくなってきた。
 彼は、アスランは、こんなことしてはいけないのに。
 僕は、こんなことされてはいけないのに。
「……もう、いい」
「諦めたのか?」
「も、いい。もうわけわかんない。だいたい君何しに来たの」
「キラの誕生日を祝いに」
 ぬけぬけと言い切った。
「僕はそんなもの祝われる資格なんてない」
 誕生日。
 生まれた日。
 生まれた日を祝う。
 この世に在ることを喜ぶ。
 僕にはそんな価値はない。
 この世に在る、そのこと自体が間違いの塊なのだから。
 誰も望まない。
 スーパーコーディネーター。
「知らないな」
「は?」
「資格なんて俺は知らない。キラが祝われたいか祝われたくないかも知らない。俺には関係ない。俺が祝いたいだけだ」
「ものすごく勝手だね。迷惑だよ」
「だから知らないといってるだろう」
 そう言って、アスランは転がったままの僕の身体を抱き寄せた。
 顔が必然的に近くなって、いたたまれなくなった僕は顔を背ける。
「なんだよ、それ」
「キラ。おめでとう。ねえ、俺はお前がここにいることがすごく嬉しいんだ」
 アスランは本格的に僕の意思を無視することに決めたらしい。
 何を言ってもすこっしも動じない。
 なんてゆーか。
 可愛くない。
「月並みで悪いけど。生まれてきてくれてありがとう」
 僕は。
 僕は――――。
 何を思ったか、抵抗するのをやめた。
 馬鹿らしい。
 何をやっている。
 頭はちゃんと指示を出すのに、身体が言うことをきかなかった。
「何かほしいものある?」
 アスランの腕の中で、僕の苛々はどんどんどんどん膨らんでいく。
 何もかも、僕のいうことなどききゃしない。
 僕自身でさえも。
 アスランも。
 苛々して、苛々苛々して。
 だから、だろう。
 こんな言葉を彼に言ってしまったのは。


「何? なんでもくれるわけ?」
「そうだね。キラが望むなら、俺はどんなことでもかなえてやりたいと思うけど?」
「なにそれ。ばっかじゃないの」
「そうかもね」



「ああ、じゃあさ。アスランちょうだいよ」

 言ってしまった言葉はもう戻らない。

「僕にアスランちょうだいっ?」
「キラ?」
「できるわけ?」
 できる?
 できるわけ……、ない。

「ずっとここにいるの。どこにもいかないで。僕の傍にいて。僕しか見ないで。僕だけのものになって?」


 僕は笑った。
 否。
 哂った。
 僕は僕を嘲笑った。
 一体何を言っている?
 何をふざけたことを。
 何…………。
 いけないことを。


「いいよ?」



 何かが壊れる音がした。



 誕生日。
 僕が生まれた日。
 僕が作られた日。
 僕が出来上がった日。
 そして。
 壊れた日。







back



あとがき。(反転してください)
えっと。ではまず謝るところぐらいから(ビミョー)ごめんなさい。文章がちゃっちーです。いや、いつにも増して。
はははんと笑いたくなるぐらいには穴だらけ。……今回何にも練ってないもんで。所要時間が1時間ちょっと?
ああ、キラ様のお誕生日が終わっちゃう〜っ!とかなんとかある意味最高の修羅場でしたね。
ってゆーか。ぶっちゃけ誕生日の存在忘れてた。ものすごく反省です。そしてネタがないままに書いたのが最大の敗因かな(ダメじゃん)