THE WORLD


 たった一人の力で世界は変わるか否か。


 それはある意味是であり。
 それはある意味否である。


 一人とは何をさすのか。

 きっかけを与えたものを?
 選んだ者を?
 力を持った者を?
 実行した者を?


 世界とは、何をして世界なのか。

 空間なのか。
 人なのか。
 時間なのか。
 社会なのか。
 それとも…………。





「変わるよ」

 誰ともなしに、空に向かって呟いたそれに、答えが返ってきて少し驚いた。
 ついでふわりとぬくもりが背中から覆いかぶさってくる。

「ずいぶんと自信があるみたいだね」

 それが誰か確かめずにキラは応じる。
 だいたいこんなことをするのは彼しかいない上に、何よりまずこの家にいるのはキラと彼だけだったから。
 とはいえ、いつのまに部屋に入ってきたのだろうという疑問は残るのだけれど。

「自信? そうだね。俺の経験だから」
「へえ?」

 声のどこかに切なさがにじみでているような気がして、耐え切れなくなってキラはそっと目を伏せた。
 光が閉ざされる。
 でも、明るい。

「たった一人によって世界はいとも簡単に変わってしまう。ただそれは、力によってじゃない」

 くっと腕に力が入ったのを感じた。
 少し苦しかったのだが、なんだか水をさしてはいけないような気がして。
 彼の肩にもたれるように体重を移動すれば、そっと髪をとられた。
 その仕草はいつだってキラに安心を与えてくれる。

「力によって変えることができるほど、世界は弱くはないから」
「……うん」
「あの時……」

 抽象的な一言。
 微かに彼の手が震えたから、キラはそっとそれに自分の手を重ねた。
 あの時――――きっとそれは、先の戦争の真っ只中で、彼が、アスランがキラを殺した時。
 二人の間で暗黙のうちに禁句となっていたそれを、あえて引っ張りだしてくる彼を、キラは止めなかった。
 代わりに促すかのように、しっかりとその手を握る。

 あの時――――。
 キラは身体に傷をおった。
 けれど、アスランは。
 それ以上に心に傷をおった。
 それをキラは知っていた。
 そうなることを予想しえた。
 それでいて避けることができなかったのは……。

 心のどこかでそれを願っていたかもしれない。
 他でもない、アスランに殺されることを。
 地獄におちてしまうだろうそれは、ぎりぎりの精神状態の時、甘美な響きをもってキラに訴えかけてきたのだ。
 楽になってしまいたい、と。
 だからキラは傷つく資格などない。
 でもアスランは……………。
 被害者でしかない。


「あの時、キラを殺したと思った時、俺の世界はいとも簡単に壊れたよ」

「うん」

 頷いた。
 謝ることは、許されないから。


「時間は流れて、傷は直って、歩いて進んで、でも俺の世界は壊れたまま何も変わらなかった。駄目になっていくというよりは、腐っていくみたいな感じで」

 それでも『ごめんね』とかたどって、けれど音は生み出さない。

「生きながらにして死ぬっていうことがどういうことなのか、わかった。息はしてる。物も食べる。でも、死んでたよ。壊れた世界でどうして生きていける? キラが俺の世界のすべてだったんだと、やっとその時わかった。遅すぎたけど」
「そんなこと、ないよ。僕は生きてる」
「でも傷つけた。殺そうとした。撃ちあった。事実は変わらない」
「そうかもしれない。でも……」

 少し考えて。
 あまりの汚さに自己嫌悪に陥った。
 それでも、言葉にした。

 どうしても彼に伝えてみたかったから。


「僕を殺して、君の世界が僕となったのだったら、僕はそれをうれしいと思う」



 なんという欺瞞。
 けれど。
 正直な気持ちだった。


 返事を聞きたくはなくて。
 だからふりむいて彼の唇に自らのそれを重ねた。
 深いものでも軽いものでもどちらでもよかった。
 彼が何も言わないでくれたら。







 愛してるよ。
 だから―――――――。

 君で彩られた僕の世界を壊さないで。



 願わくば。

 君の世界が永遠に僕の手の中にあらんことを。








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あとがき。(反転してください)
とりあえずまずタイトルをどうにかすべきだと思う。