そしてそんな日


 窓から差し込む日の光は、明るく。
 そしてやさしくて。
 暖かい。
 宇宙では知りえなかったもの。
 コロニーの作られたそれではなく、本物の太陽が照らす土地。
 この上なく贅沢だと、そう思う。








「――――ラ。キラ! 起きろよ」
 身体をゆすられ、名前を呼ばれ、しかし夢の住人はなかなかこっちの世界にかえってはきてくれない。
 幸せそうに惰眠をむさぼる。
 その姿は穏やかな日常を象徴する、微笑ましいものではあったが――起こすのがもったいなく思われるほどには。
 しかし今の場合、そういった問題ではない。
 アスランの口からは思わずため息がこぼれた。
 寝るのはいい。
 寝るのは。
 キラには確かに必要なものだと思えるから。
 悪夢を伴わない。
 やさしいそれが。
 キラがずっと悪夢に苦しんできたことを知っていた。
 眠ることを拒絶して、しだいに衰弱していく姿も見た。
 それをなだめなだめ、こちらまで寝不足に陥りかけた記憶は決して古いものではない。
 だから………。
 だからこんな風に寝れるというのは本当に喜ばしいこと以外の何物でもなくて。
 そう、本来なら咎めるべきではない。
 やっていることが多少常識から外れていても。
 それが多少の範囲内ならば、咎めず見守ってやるのがあるべき理想の姿というやつだろう。
 ここまでわかっていて、しかしそれでも起こそうとするアスランの行動は――――。
 アスランの都合でしかなかった。
 キラにとっては迷惑この上ないことに。
 そんな自分がさすがに嫌になってくる。
 の、だが。
 アスランの都合であるこの行為は、どちらかといえばキラのためであり……。
 いや、もう一つ手があるのか。
 しかもキラに犠牲を強いらずにすませる方法が。
 もっともその分をアスランが背負うはめになるのだが。
 つまり、アスランがしばらく外に出てしまえばいい――今帰ってきたところなのだが。
 夕食の支度をしたいとも思うが、まあ別にたまには外食でも構わないだろうし。
 ……考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。
「キラ」
 もう一度。
 もう一度だけやってみて、駄目だったら、もう外にでもどこへでも行ってやろう、と半ば投げやりに、思った。
「起きて、キラ」
「う……ん……?」
「こんなところで寝てたら風邪ひくよ」
 言い訳が空回りしてる気がする。
 十分に暖かいから風邪などひくはずもないのだ。
 それにキラはコーディネーターだ。
 この程度で風邪などひいてたらなんのためのコーディネートなのかわからないではないか。
 あまりの馬鹿さ加減に自分の頭の状態を知った。
 先ほどとは違う意味でため息を禁じえない。
「身体、痛くなるよ」
 続けていった言葉は、今度はあながち間違いではない。
 個人差はあるだろうが、フローリングが布団よりも寝心地がいいとはなかなか聞かない。
「ア………ス?」
 ぼんやりとした瞳が一瞬のぞいたが、それは焦点を結ぶに至らず、また閉じられた。
 ここにきて、ふと起こすのがもったいないななどと思い浮かんだりするのは、一体どうしたものだろうか。
 まったくもって矛盾だらけだ。
「キラ、起きないんだったら襲うよ?」
 疲れた声で――疲れてしまったのは、他でもない自分のせいだったが――ぼそっと最大の問題を呟けば、キラの肩がぴくっと震えた。
 これにはいっそ哀しいを通り越して虚しくなってしまった。
「…………ん〜? アスラ、ン?」
 だからここで起きるっていうのは、つまり何が言いたいと。
「どうか……した?」
 寝起きのはっきりしない声で囁かれて、アスランは力なく首をふった。
「何でもないよ」
 ただし、目は遠い。
「とりあえずキラ、寝るんだったら部屋にいってベッドで寝ろよ。それじゃなくてもせめてソファとか。こんなところで寝てたら」
 正直にも襲いたくなるんだけどと言いそうになり、慌てて口を噤んだ。
 さすがにそれはマズい。
 いや、いろんな意味で。
 確かに、確かに本音ではあったとしても。
 世の中言っていいことと悪いことが云々。
 頭の中で誤魔化すのも少し苦しい。
 とにかくも、すぐさま言い直す。
「踏むよ?」
「え? ……ああ。あ、そっか。僕床で寝てたんだっけ」
 思い出した、とつまり、忘れていたと言わんばかりの態度に苦笑する。
 らしいといえば、らしいが。
「なんかね、ポカポカあったたかくてさ。丁度いい感じに日があたっててね、こう、なんてゆーか、気持ち良さそうだなあ、とか思って」
 『寝ちゃった』とすがすがしく笑うその様子は、実年齢よりも幾分か幼く感じるものだったが、しかしなじみのある、アスランにとってはやわらかいものだった。
 のばしてくる両手をとって引き上げてやる。
 甘えた態度は、しかしどれだけの人間が知っているのか。
 あまり知らないだろうと思うと同時に、知られてたまるかとも思う。
 自分だけが知っていればいい――とは現実的にはもはや不可能なのだが。キラの家族は当然のごとく知っている。
 それでも特別を意味する態度はアスランに優越を抱かせるには十分なものだった。
 くいっと引っ張って、そのまま勢い余って――というのは言い訳だろうか。無意識に望んでいなかったかと問われれば、胸を張ってこたえられない――ふらついた身体を支えてやる。
 顔が、衝動でキスしたくなるぐらいに近くなった。
「おはよう」
 まだ眠そうな気配を漂わせたままキラが言う。
「……おきるのか」
「うん」
 こんなにも眠そうなのに。
 すでに無理に起こしてしまったことを後悔しはじめた。
 なんとも自分勝手で、我が侭なことだ。
「そろそろ日も傾いてきちゃったし。お昼は丁度ここにいい感じに光があたってたんだけど、やっぱりもうずれちゃってるね」
 静かに語られた穏やかな原因に、想像はしていてもどこかでほっとしている自分がいた。
 大丈夫だ、と。
 もう大丈夫だとまでは言えないかもしれない。
 けれど少なくとも今は大丈夫だと。
 キラは今、大丈夫。
「今日はきっと夕焼けがきれいだよ。勘だけど」
 腕が背中に回されて、それに答えるように抱きしめてやれば、キラは嬉しそうに笑った。
「ってゆーか、綺麗だといいなって思うだけなんだけど」
「明日は晴れだっていうから」
「アス?」
「きっと綺麗だよ。夕焼け」
「ほんと?」
 無邪気な笑顔。
 アスランが本当に守りたかったもの。
 守れなかったもの。
 一度は失われてしまったそれ。
 完全にとは言えないかもしれない。
 それでも手の内に戻りつつあると思えるのが、何よりもうれしいと思う。
「ああ」
「じゃあ、一緒に見ようね」
「そうだな」
 気がつけば、ほんの少し先でしかない願いを、壊れ物のように扱っていた。






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あとがき。(反転してください)
短い。ってゆーか。当初はギャグの予定だっただなんて死んでも言えないものになってしまったのは何故だ。いえ、ところどころ跡がありますけど。
一つ言わせていただけるのならば。あそこで襲ってこそのアスランだろう、と。うちのアスランは輪をかけてヘタレです(泣)
授業中に書きました(駄目だから)