「キーラ」 起きろ、と最初に呼びかけたのはもうすでに十分ぐらいは前だっただろうか。 しかし未だ俺は同じ言葉を繰り返している。 いや、言葉自体はすでに、起きろからどうしたんだに代わってはいるけれど。 「朝だよ。起きないの? 学校行かなきゃだろ?」 起きろ、と言わないのは寝たいなら寝かせてやってもいいかだなんてそんな理由ではない。 キラはすでに起きている。 それはわかっているのだ。 だが、起きない。 目は覚めているが、起きない。 起きようとしない。 布団を頭まで被って拒絶の意思を示すその態度は強固だった。 「キラ。黙ってたらわかんないよ。どうしたの」 「イヤ」 …………やっとのことで返事が帰ってきたと思えば、この言葉。 どうしてくれようかとはまさしくことのことだが、まあ、こちらも付き合いは長い。 どうするのが一番効果的なのかわかっているつもりだ。 とはいっても、それよりも先に原因追求を優先するが、今日のところは。 この、まったく前兆のなかったキラの行動についての。 「何がイヤなの?」 「…………いや」 「眠い?」 「………………いや……だ」 話にならないとはこのことだ。 このまま続けてても事態は何の進展も見せないだろう。 しかし今更腹が立つなんてこともあるはずがなく、俺はキラにそうかとただそれだけを告げた。 その言葉にピクリと反応したのが気になったのだが、無視して話を進めることにする。 どうせまたくだらない――と言ったらものすごく怒るのだろうが――ことを考えて、考えて、考えすぎて、頭の中がぐるぐるしてしまっているのだろう、この愛しい幼馴染は。 「なら、さぼろうか」 なんでもないことのように。 事実俺にとってはなんでもないことなのだが。 それでも気にしてしまうだろうキラのために、殊更自然に。 「…………。えっ!!?」 処理が追いつかなかったらし。 しばらくの不自然な沈黙の後、布団を跳ね飛ばすように身を起こした彼は、目を大きく見開いた。 きれいな紫水晶の瞳がようやく現れた。 ほっと一息ついた。 どうやら一日延々と篭城する気は別にないらしい。 これで第一段階は終了といったところか。 と言っても、完全なる終わりまでには程遠いのだが。 少しばかり気を入れなおして、横にある頬に手を這わせた。 もう一度、囁く。 「いいよ。さぼろう」 「アス……ラン?」 やはり寝起きのせいか、俺を呼ぶ声はかすれていて大した音にはならなかった。 ここはこれ幸いと文句が飛び交う前に決着をつけてしまうのがいいだろう。 キラは余計なことしか考えないのだから。 そんな繊細のところも含めて愛しているのだと、これは自信ももって言えることではあるが、あまりに過ぎて、いつ壊れてしまうかとこっちは気が気でない。 「何がしたい?」 手にふれるのは明らかに涙のあと。 押さえたが、顔が歪むのを完全に制しきることはできなかった。 俺が起きたとき――朝食の用意やらをするためにキラが起きるよりもいつも最低30分は早く起きる――にはこんなものはなかったはずだ。 なら何かあったとしたら、この30分間の間ということになる。 仕方がないといえば仕方ないのだろう。 しかしそれでも一瞬でも目を離したはなした自分が口惜しくてならなかった。 怖い夢でも見たのか。 もしくは、戦時中の………。 俺が動揺すればキラはもっと動揺してしまうだろう、それだけを胸に何かを殴り飛ばしたくなる衝動をかろうじて抑えた。 「どこか行く?」 なんでもないように、ちゃんと言えてるだろうか。 「それとも一日中家でゴロゴロしとく?」 何でもいいよと告げて、君が望むならと促す。 「だってがっこ……」 「行きたくないんだろ? だから今日は二人でいよう。一日二日休んだところで授業についていけないなんてこともないだろうし。まあ、たまにはそんな日も、ありだろう」 またもや滲んでしまった瞳に、やっぱり外はやめだと思い直すも――恥云々の問題ではない。もったいなくて他人なんかに見られてたまるものかという感情故だ――彼が望めばそのとおりに動いてしまう自分を知っている。 だから家を選んでくれと、なかなか滑稽なのだが、切に願った。 「二人?」 「そう。いや?」 「ずっと?」 「そうだよ?」 「いなくならない?」 伸ばしてきた腕にこたえてやる。 「ここにいるよ」 いつもよりもきつめに抱きしめてやった。 わからせるために。 ここにいるということを。 俺はここにいるよということを。 少し苦しいほうがきっといいだろう。 優しさだけで包んでしまうと、キラはきっと“ここ”が“どこ”なのか、わからなくなってしまうだろうから。 大丈夫だから、と。 安心していいよ、と。 全身全霊をもって伝えてやった。 その横で、思う。 壊れてしまえ。 矛盾。 まったく、どうしようもない。 どうにかしようという気もおきないのが、さらにどうしようもない。 それが許されるだとか許されないだとか、そんなものは関係ない。 と言い訳のように呟いた。 ここにいると確かめたくてしたかがないのはきっと俺のほうなんだ。 キラは確かにここにいると。 俺の隣に。 俺の腕の中に。 ここに。 確かに。 いるのだと。 もうあんな思いはごめんだから。 この手だけは、離してなるものかと…………。 自嘲した。 その時首に回された細い腕にきゅっと力がこもったのを受けて、一瞬心の中を見透かされたかと思ってひやとした。 「キラ?」 「寝る」 どうやら、違うらしい。 ほっと息をつくのは、自分の中の闇を彼に知られたくないから。 綺麗事ではあるけれど。 それでも知られてしまえば、押さえられなくなってしまうだろうことが、簡単すぎるほど簡単に予測できてしまうのだ。 ――――どこかに閉じ込めて。 誰にも触れられないように。 何も聞こえないように。 何も見ないように。 奪われないように。 そんなこと許されるわけがない。 それに、キラは悲しむだろう。 それが一番辛いから。 「君も、寝よう」 「いいよ」 起きてばかりで本当に寝れるだろうかと一抹の不安を抱えながら。 でもアスランはキラに囁いて。 「昼まででも夜まででも。明日の朝まででも………。三日でも四日でも」 「一ヶ月でも二ヶ月でも?」 「そう。一年でも二年でも。キラの気の済むまで付き合うよ」 自然にお互いの顔を見合わせた。 「馬鹿だなあ、君は」 彼は今日はじめて笑った。 「ホントに、バカ」 「不満なのか?」 「………………………………好きだよ」 それは良かったとアスランはキラに告げて。 それからそっとその身体を抱いた。 back あとがき。(反転してください) ネタ的にはシリーズものの一つでした。が、なんだか書きたいものがいっぱいありすぎて手がつけられないような気がしたので、とりあえず書きたかったシーンだけ書きなぐってみてしまいました。続くとはっきりいえないところが辛いです。 え〜、午前の話でした。午後の話があります。そして夜があります。オリキャラでてきます。アスキラ戦後パラレル学生(……)ものだったりします。 興味ある人いますかー?(苦笑) |