「は?」 突然言われたことに戸惑って、キラは一瞬わけがわからなくなった。 どこの空中から持ってきた話だよとは幼馴染の口癖みたいなものだが、まさかその言葉を自分がしみじみ実感しよう日がくるなどとは思ってもみなかった。 どうしてそんな話になったのか。 話自体は数分前に遡る。 赤い髪がふわりと目の前を通り過ぎ、そういえばサイの彼女だったかなと思わず見てしまったのに、一緒にお昼をとっていたトールとミリアリアが目をつけた。 そんなにも長く目を奪われていたのだろうか。 彼らは二人して恋だなんだと騒いでくれた。 まさかと否定するキラの言葉は届いていたのかさえ定かではない。 ただ、ちょっと、とても小さな近親感を彼女から感じて。 それが何なのか気になってしまっただけなのだけれど。 それを今さら言ったところで納得してもらえるとは思えない。 近親感。 それから、違和感。 どこかで見たことあると思うのと、全然違うと思うのと。 知っていると思うのと、誰だと思うのと。 ―――――あ。 ふと、脳内に浮かんだのはふんわり風に揺れる藍色の髪。 瞬間なるほど、と思う。 彼に、似ていたのだ。 背筋をしゃんと伸ばして、真っ直ぐ前を見て歩く彼女。 その自信に溢れた仕草はどこからくるのかと、呆れ半分思わせる態度。 それは彼にもあてはまる部分で。 そしてわかってしまったら、それは笑ってしまうくらいに滑稽な話なのだと気付いた。 どこが似ている? どこも似ていない。 似てなどいない。 彼女と比べてしまったことに、彼に対し少し申し訳なく思った。 彼と彼女は全然違う。 だって彼女はあんな風に、笑えないから。 たぶん、その有り様は、どちらかと言えば僕に似ていて。 これが俗に言う近親憎悪というものなのだろうか。 気付いた瞬間はしったのは悪寒とも呼べるそれだった。 可哀想に。 彼女は不幸だ。 きっとそのがちがちにコーティングされた自信故に。 と、そんな風に思考を飛ばしていたキラも悪いのだろう。 それはそうなのだが。 それもそれとして、やはりどこをどう通ってそんな話にたどり着いたのか説明してもらいたい。 呆然とするキラの顔を覗き込んで、トールが言った。 「な、お前、尽くすタイプ? 尽くされるタイプ?」 「と、トールは?」 なんと答えていいものやら、出た言葉は時間稼ぎだった。 「俺ぇ? 俺は、なあ」 ふいにミリアリアのほうを向き直ってくすくす笑う。 それにミリアリアも微笑い返すものだから、お邪魔虫な雰囲気にいたたまれなくなってしまったとしてもそれは仕方ない。 「ああ、そう、尽くすタイプなんだね」 彼女の態度からみるに、そう判断するに他なかった。 端から見るとミリアリアがトールをもちあげてあげている風に見えなくもないが、しかし実際トールが彼女の尻に敷かれているのはもう周知の事実だろう。 聞いた自分がバカだったかもしれない。 ただよう甘ったるい雰囲気に、いたたまれなくなってお茶に手を伸ばした。 「で、キラは?」 ミリアリアは興味津々といったように聞いてくるが……。 その目はわからないという答えは受け付けないとはっきり言っていた。 「どっちに見える?」 「ん〜。尽くすタイプなんじゃねえの?」 お前も尻に敷かれるタイプだろと言ってくる彼は確実に、お前も尻に敷かれろと自分の苦しみ――それも楽しいのかもしれないが――を他人に分け与えたいだけな気がする。 それにキラは笑って答えた。 「僕もそう思ってたんだけどね」 「違うの?」 「え、マジ? 尽くされるタイプ?」 それが覆されたのはいつだったか。 それまでは自覚がなかっただけという説もあるが。 まあ思い返してみれば、さんざんに尽くされていたのだというのも否定できない…………かもしれない。 要はどこからが「尽くす」に入るかが微妙なのだ。 それをはっきりと自覚したのは確か…………。 「とある人からね、こっちに来いって言われてるんだけど」 「え、何? 恋人?」 「それってプラントの人?」 そんな人がいたのかとさらに興味をかきたて聞いてくるトールには答えずに、プラントだというのに頷いた。 よって笑って誤魔化すような形となってしまった。 「今は、うん、プラントにいるよ。月での幼馴染なんだけど」 「そんな人がいたなんて……。早く言えよな」 ああ、この言葉で完全に、キラがフレイに恋をしているという説は消えてなくなってしまっただろうが、それにしても違う餌をあたえてしまえば意味はない。 「来いって言われて、行かないの?」 「ん? まあ、そのうちね。とりあえずカレッジだけ卒業してから」 「う〜ん、妥当な選択だとも思うけど寂しくない?」 「ちょっとね。でも結構焦らしてみるのも楽しくて」 どうせ毎日のように画面越しだけれど顔をあわせているのだ。 とはいえ、地球プラント間の関係が悪化していく中で、それがいつまで続けることができるのか、それだけは不安なのだけれど。 できればそうなる前に行ってしまいたい。 が、それと同時に思う。 「あと、もったいなくて」 「え?」 「は?」 呆けたような声が重なる。 「もったいない?」 「うん。あのね、来いって言われてて、僕が首を立てに振らないものだから条件がどんどん追加されていくんだ。どうせなら出尽くしてから行きたいよね」 「条件?」 それは何だと問う友人に、キラはにこりと笑って。 答えた。 「掃除洗濯家事その他、三食昼寝付きで、毎日快適な生活を保障してくれるようだよ。あと一つ、何しても文句言わないっていうのついたら行ってあげようかなとか思ってる」 その場合、「〜以外なら」というのがいろいろと付着してきそうだと、それをどうやって駆け引きしようかと、そんなことに思いをはせるキラは知らない。 そう長いわけではないが、友人という位置にいる者のあらたな姿を見て、愕然としている二人がいることを。 「これ考えると尽くされるタイプなのかなあ、とか」 呟くキラの声は果たして届いたか。 back (一言) とりあえずアスランは尽くす男なんじゃないかとか。 |