ソラ


 どこまでも続く暗い空間。
 宇宙と呼ばれる広い広い空間。
 果ての見えないその中で、僕らは孤独に浮かんでいる。
 同じ闇に存在している星たちは、無機質で、どこか冷たい。
 彼らと僕らは決して相容れることなどないのだと、拒絶されているようだ。
 ばかばかしいとしか、言い様のないことなのだけれど。
 一体何を受け入れてもらいたいなどというのか。
 生きてさえいないものたちに。




 こつ。とガラスに額を当てた。
 ひんやりとしたそれは、僕らを守るという名目で、事実僕らを隔離する。
 君と僕とを隔てるこの壁は、なんだってこんなに厚いのか。
 厚くて、高くて、とても頑丈で。
 届かないんだ。
 アスラン。
 どんなに頑張ったって、これじゃあ届きようがないんだ。
 どんなに手を伸ばしたって。
 触れるのは硬い壁でしかないんだよ。
 そして僕は………。
 臆病な僕は、その壁に背を向ける。
 君との距離を自覚するのが怖くて。




「キラ」
「……トール」

 深い思考の淵に沈んでいた僕を引き上げたのは、軍服を着た友達だった。
 とっさにマイナスの方向に引きずられていた思考を振り払って、どうしたの、と笑顔を作る。
 だけど、うまく笑えているのか、いまいち不安だった。

 簡単だったはずのことが、最近どうしてか、異様に難しくなった気がする。


「ああ、俺たち今から食堂なんだけどさ、キラも夕食まだって聞いたから。一緒に食べないかって誘いにきたんだ」
「もしかして、みんなで探してたりする?」

 『俺たち』という割に、ここにいるのはトール一人だったから、そう尋ねてみた。
 そんなベールの裏で、キラは考える。
 探してたのはトール一人で、他のみんなはキラに会いたくないのではないかと。

 度重なる戦闘は、確実にキラの精神を疲労させていた。
 こんな風に、疑心暗鬼にさせてしまうくらいには。


「だってキラどこにもいないし」

 屈託なくあっちこち探し回ったと主張する彼に、キラは恥ずかしく思った。
 一瞬でも彼らを疑うようなことを考えてしまったことを。

 大丈夫。
 まだ大丈夫。
 大丈夫だった。

 壁は、ない。
 トールとの間に、ミリアリアとの間に、友達との間に、壁はない。
 分厚い壁は見えない。

 大丈夫。
 大丈夫だから。
 だから。
 まだ戦える。


 壁は嫌い。
 壁は怖い。
 冷たい壁は恐ろしい。
 でも大丈夫。
 まだ大丈夫。

 肩に置かれた手は暖かい。


 手はちゃんと、届いてる。



「ごめんね? なんかふらふらしてたら自分でも気付かないうちに、こんなとこにきちゃってたよ」
「悩み事?」
「違うよ。ただの考え事」

 悩んでなんかいない。
 それは事実。
 悩むことを放棄してしまったから。
 もしかしたら考え事というのも嘘かもしれない。
 考えることも放棄してしまおうと思ったのは、ついさっきのことだから。
 だからキラはただ、心に浮かんでくる言葉を、言葉として追っていただけ。
 けれどわざわざそれを告げる必要はなかった。


「本当に?」
「本当だって」
「……なら、いいんだけどさ」

 納得したのかしていないのか、トールもすっとガラスの外、宇宙の遠くに視線を移した。
 その表情に一瞬迷いが浮んだことに、キラは気がつかなかった。
 キラが見ることができたのは、彼の顔の右半分だけだったから。

 何を思っているかなど判断できようがなかった。


 ――――――どこか、遠い。

「何かあったらちゃんと言えよ?」
「トール?」
「最近のお前見てて少し危なっかしい気がする。なんか張り詰めた糸っていうのかさ、何かあったら簡単にぴって切れちゃうんじゃないかって。ごめん。当然だよな」

 キラはうんともそんなことないよ、とも答えられなかった。
 なんといえばいいのかわからなくて、自然沈黙がおりる。
 居心地のあまり良くない。
 それでもどうしようもなかった。
 少しして、もう一度小さな声でトールがごめんと呟いた。

「俺たちのせいだよな。本当にごめん。でも、…………ごめん。やめていいよって俺たち、お前に言ってやれない」

 俯いた顔は、今度こそ本当に表情が見えなくなった。

「だから。だからせめて力にならせて」

 真摯な訴えは、暖かい。
 冷たくない。
 怖くない。
 優しくて、やわらかい。


 小さく、小さく隣にいるトールに気付かれないようについたため息。
 それは安堵だった。


「ありがとう」

 ふんわりと。
 今度はちゃんと笑えてる自信があった。



「何かあったらちゃんと相談するから」

 ゆっくりと顔をあげるトールにキラは言う。

「夕食食べにいこうよ。みんなもう行っちゃってるかも」
「そう、だな」


 歩きだしたキラの半歩後ろで、もう一度だけトールは謝った。
 悪い、と。

 何がと聞き返すことはない。



 『何かあったらちゃんと相談する』
 どこからが『何か』なのか。
 相談しかたら、何になるというのか。
 何かあっても気付かなかったら、その場合約束を破ったことになるのか。

 『誰』に相談するのか――――。



 悩むことも考えることも放棄した、優秀らしい頭は、だけど何も答えを返してはくれなかった。






 この果てのない宇宙。
 キラはそれに背を向けて歩き出した。



 宇宙は一説によると球に張り付いた形であるらしい。
 つまりまっすぐまっすぐどこまでも行けば、いつか同じ場所に帰ってくるのだと。
 この道をまっすぐ行けば、壁の反対側から、君に会えたりしないかと。
 やっぱり馬鹿らしいとしかいいようのないことだ。








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あとがき。(反転してください)
ぶっちゃけ、何が言いたいのかよくわからない。何が書きたかったのかもよくよく考えてみると思い当たらない(をい)
とりあえず「宇宙」と書いて「ソラ」と読みたかったらしい……。なんだかなあ。ああ、トールが好きです(主張)で、どこがアス←キラなのか。…………最後の二文かなあ(遠い目)