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present


 ため息が無意識にこぼれる。
 似合わないと言われたが、それはどうしようもなかった。


 離れていた期間、というよりは離れていた事実そのものが、とても大きく重いものに思える。
 特に、思春期なんてものを挟んでしまった時には。
 昔は何でもわかった気がするのに。
 久しぶりにあった彼女は……、わからない。

 とかなんとか言ってはみたが。
 とりあえずの問題は今その彼女が何が欲しいのか、なのだが――命題の割りに悩みは軽い。いや、今のキラにとってはとても重大なことである。周りがどう見ようと。



 アスランはもうすぐ誕生日だ。
 一つ年上という気分的に少しの高揚感をもたらす――実質が伴っていないなど、そんなことは言われるまでもない――期間が終わってしまうのは少し名残惜しいが、それはそれとして。
 だから何が欲しいのか。

 あまり高いものは無理だけど、喜ばれるものを贈りたいと思う。
 最初は何がいいかなあ、とか、まあどうにかなるかなとか、軽い気持ちでいたのだが。

 気付けばため息が重い。



 考えた。
 一生懸命考えた。
 けれど答えがでないのなら仕方ないじゃないか。
 見当違いなものをあげるというのも嫌だったし。
 こうなれば、ととった手段は、まあ一番手っ取り早い手段ではあった。




 実際に聞いてみた。

「アスラン、欲しいものある?」
「は?」

 ピタッと平均してまだ半分以上残っている昼食をつつく手を一緒に食べていた過半数の人が止めてしまったので、ちょっと焦った。
 ちなみに過半数に入らないのは、何になら動じるのか、歌姫だ。

 些か唐突すぎただろうか。
 が、少しばかりプライドは疼くものの、なんとしてもここで聞き出しておきたい――本当はこっそり用意して驚かせてみたかったのだが。けれど仕方ない。どうしようもない。誕生日は一度きりというわけでもないしと自分を納得させ。
 めげずに、何を突然とはっきり顔に書いた彼女にもう一度聞いた。


「アスランもうすぐ誕生日じゃん。だから、欲しいもの」

 考えたんだけど決まらなくてさあ、と軽い調子で続けると今度はちゃんと答えが返ってきた。


「キラ」

 端的な一言。
 呼びかけるそれでは、残念ながらない。
 全く考える素振りを見せず、条件反射とでも言うように――キラが昔同じ質問に対しゲームとすぐさま答えていたように――あるいは当然とでも言うように、予期しえなかった答えではあったが。
 ………………いや。
 予想はしえた。
 が、あえて考えないようにしていたものだ。
 思春期の別れが作った溝は思ってた以上に大きい。
 大きすぎて手に負えない。

 考えすぎて知恵熱でもでてきたか。
 頭痛がする。


 ほらそろそろ再会し始めてた皆さんの食事がまた止まってしまったではないか。
 ちなみに、どちらかというと固まっているに近い。


「アスラン?」
「だから、キラ。欲しいものだろ? キラが欲しい」



 声の調子は『夕飯はロールキャベツがいいな』とどこも変わらない。
 の、だが。
 異様な笑顔が、怖かった。


「アスラン、残念だけど僕は物じゃないんだ」

 少し考えて至極真面目に言ってみたが。


「そういう問題じゃないだろ!!」

 一緒に食べていたカガリに突っ込まれてしまった。
 けれどどうせ突っ込むのならまずアスランのセリフから突っ込むべきだとキラは思うのだけれど。


「そう? じゃあ……、人の所有も売買も今の法律じゃ無理だと思うんだよね」
「だからそういう問だ……」
「だからさ。他の何かにしてくれない? 僕でも手が届きそうなもの」

 話をややこしくしてくれそうな双子の姉の抗議に背を向けてまでお願いしてみたが。

「他に?」

 首をかしげて考え込むあたり、答えがみえてきた。


「特に思いつかないな」


 ――やっぱり。こういうところは変わっていないらしい。
 こういうところこそ変わっていて欲しかったというのに。


 …………困った。
 振り出しに戻る、だ。

 やっと回復したらしいミリアリアがアスランに本当にないのかと聞くけれど。
「ない、な」
 当然の如く答えは変わらなかった。



 女の子って何が欲しいものなんだろうか。
 とりあえず具体例としてミリアリアからフレイ、ラクスにカガリまで思い浮かべてはみたけれど。
 ちらり、と横をみる。
 背景に花でも背負って描かれそうな歌姫は、何を考えているのかいつもと変わらない微笑を浮かべていた。
 どうみてもまともな答えが返ってきそうにない。…………じゃ、なくて、アスランとは方向性が違うだろう。

 そういえば彼女はこの間室内に飾る花が欲しいとか言っていた。
 これでラクスのときのプレゼントは決まり。
 可愛らしい鉢植えから選んであげるのがいいかもしれない。
 が。
 だから今の問題はそれではなく。
 確かに――些か寒い光景だしキラ自身のキャラにあわないと思わないでもないが、それは置いておくとして――やけにマメだから贈れば枯らすことなどないだろうし、それなりに喜んではくれるだろうが、ただ手間を増やしていまうだけの気がしないこともない。


 フレイなら香水でもねだってくるのだろうか。
 だがまた彼女は彼女で方向性が違う。
 この間香水売り場を横切ったとき強すぎる匂いに顔をしかめていたのを思い出せば、却下せざるをえない。


 ミリアリアは何故かケーキをご馳走ということでいつの間にか毎年のことになってしまっているが。
 アスランは甘いものが得意じゃない。
 苦手でもないと主張はしてたが、半分ぐらいいつもキラにまわってくるので、もう考えるまでもない。


 方向性的に一番近いのがカガリだろうか。
 2人とも化粧をしないし、スカートよりズボン派だし、複雑だがキラなんかよりもずっと逞しい一面があるわけだし――カガリに殴られそうだから口にはださないが。
 で、その彼女はといえば欲しいのもに金属バットをあげるツワモノだ。
 木のバットをご愛用だったが、とうとう折ってしまっただとか。
 どう考えてもプレゼントにはなりそうもない。


 ならば髪飾りとかどうだろう。最近鬱陶しいと後ろで無造作に一つに括っている姿を良くみる。
 ――笑い話だ。

 服とか。
 ――嫌がらせっぽい。どことは言わないが。

 アクセとか。
 ――付けてるところなんぞ見たことがない。タンスの奥深くに仕舞われるのなら意味もない。

 いっそ工具とかどうだろう。
 ――別段求めているわけでもないが、色気がない。

 鞄、とか。
 ――そういえば高そうなのを持っていた。使っているところを見たことはないけれど。

 ゲーム。
 ――それはキラの欲しいものだ。


 挙げては却下挙げては却下で決まらない。
 針が振れる気配さえないのだから、もうどうしろというのだ。



 やっぱりここは妥協に妥協を重ねてカガリの協力を仰いでみようか――1人で考えるよりはまだマシだろう。
 と、その彼女はといえば。



「欲しいものどうしてもないのか? 困ったな」

 とかなんとか言っている。
 マシ…………だろうか、本当に。


「ま、いいか。いざとなったらキラにリボンでもつけて献上してやるよ」
「あら、ずるいですわ。わたくしも考えていましたのに」

「…………って、ええっ!!?」

 マシとかなんだとかそういう問題ではなかった。
 君ら意味わかって言ってマスカ?
 叫びそうになるのを必死で抑える。
 肯定されたら目も当てられない。
 にっこり笑って「ピンクがいいですか? それとも黄色がいいですか?」と頭の中で声がする。
 幻聴だ。
 病気かもしれない。

 アスランもお礼とか言わなくていいから。


















 結局、決まらなかった。
 誕生日プレゼント。
 途中から喜んで欲しいというのを超えて、もはや使命感みたいになってきてしまったからやけに悔しい。
 勝負に負けたみたいな。
 実質的に、負けてはいるんだろう。

 しかも、だ。
 ここ数日朝起きたらアスランが隣にっ!というドッキリ企画みたいな出来事――にしては頻発ぐあいがなかなかなのだが――も鳴りをひそめてしまっていて。
 いや、それ自体は歓迎すべきことなのだが、問題はその原因にある。
 アスランが自分の意思でやめてくれているのならそれはスバラシイことなのだが、まさかそんなはずはなく。
 つまり出来ないだけだ。

 キラはここ数日――具体的には三日ほど――噂の彼女の姿を見ていない。
 家でも学校でも。
 まさか病気でもと思ったが、それはラクスが否定してくれた。
 どうやらプラントのほうに呼ばれているらしい。
 大変だなあと他人事のように思っていられたのはせいぜい一日で。
 ふと気付いた。
 こうなればアスランを連れまわしてとりあえず何か選んでもらおう計画が具体案にたどり着く前に頓挫してしまったことに。
 デートかとカガリに言われたのを否定しておいたが、本人がいないのでは話にならない。

 何もかもうまくいかない。
 そうやって机になつくキラにラクスは言った。
 今日あたり帰ってくるそうだと。
 学校は今日までこないようだから、夕方ぐらいには、と。


 そうして学校帰りにアスランの家に直行した今日は、アスランの誕生日だ。



 決まらなかったものはしょうがない。
 とりあえずおめでとうとだけは絶対に言おうと、どこか意地になっている分部も否定はできないが、チャイムを鳴らしても返事はなかった。
 まだ帰っていないらしい。


 そうして待つこと…………どれぐらいだったか。
 時計をしていないのでわからない。
 そろそろ待つのにも飽ききってしまった頃、ようやっと見慣れた姿が確認できた。


 ドアの前まで来て立ち止まりゆっくりと首を傾げる。

「…………キラ?」
「他に何に見えるって?」
「ああ、うんそうか」

 どこか上の空で頷く姿に違和感を覚えた。
 なんだか言動が怪しい。
 起き抜けとはるぐらいに。


「何やってるんだ?」
「君を待ってたの」
「中入ってればよかったのに」

 なんでもないことのように言ってくださるが。

「だって鍵ないし」
「あれ? やらなかったか? そうか。今度渡すよ」


 この、このどこまでも際限なく無防備なのはどうしたものか。
 もうわざわざ言うのも疲れてしまったが、でもやっぱり言いたい。
 君は女の子で僕は男なの。
 異性なの。
 何かしようとか思ってないけど、世の中には間違いってものも存在するの。
 お願いだからもう少し警戒心を持ってください、と。
 信用されているだとか、心を許されているだとか、そんな書き方をすれば綺麗に見えるが。
 とどのつまりそういう対象とみなされていないのだ――特別みなされたいわけでもないが。何もないというのもまた歓迎された事態ではない。
 キラが欲しいだとかなんだとか口で言いはしても。
 別問題としてキラが押し倒して勝てる相手でないのも、まあ現実ではある。
 情けないことだが。
 


 とりあえず中にと通されて、さあ本題だと息を吸い込んだところでアスランから声がかかった。

「ところで何しに来たんだ?」

 ……どうも調子がくるう。

「だから。誕生日祝いに」
「……え、ああ、今日って」
「誕生日だよ、君の。自分のぐらいちゃんと覚えときなよね」

 まったく自分については無頓着なアスランはおめでとうと言うとありがとうといって笑ってくれた。
 けれど。

「何かいれるよ。何飲む?」

 誕生日が何たるかを基本的にわかっていないと思う。
 確かに考え方によっては誕生日なんて何でもない日と同じなんだけど。
 それでも特別な日だとキラは思うから。
 お湯を沸かしにキッチンに行ってしまったアスランを慌てて追いかけた。

「僕がやる」
「……飲めるのか?」

 失礼だ。
 そりゃあ、アスランがいれたほうが手早いし、慣れてるし、おいしいだろ……う、し――駄目だ。自信がなくなってきた。

「飲めないものいれるほうが難しいと思うんだけど」
「それもそう……っつ」
「アスラン!?」

 手馴れた様子でお湯を沸かしていたアスランが小さく息を呑んだ。
 視線が手へ、指へといくのを見て、キラはその手を掴む。
 熱されたそこに指をあててしまったらしい。
 少しだけど、赤くなってる。

「火傷した?」
「いや……。たぶん大丈夫」

 やっぱり今日のアスランはどっかおかしい。

 信用ならないと判断し、とりあえず冷やすべきだろうと腕をつかんで引っ張った。

 ふわったいい匂いがした。
 香水なんかとは違ったそれ。
 すぐ近く。
 耳元に柔らかな感触を感じる。

「ちょっ、アスラン?」

 バランスをとるためか、それとも他の意図あってか、背中に回された腕と心持かけられた体重。
 はたからみれば抱きとめるような、そんな姿勢だろうか。

「……アスラン?」

 ぱたぱたと叩いてみるのだが、反応は薄い。
 本当にどうしてしまったのだろうか。
 
「アスラン、どうしたの? 大丈夫?」

 ラクスによればプラントから帰ってきたばかりだというし、やはり疲れているのか。
 それにしても彼女のこんな様子は珍しいのだけれど。
 焦って声をかければ、かけられた体重が増した。重いまではいかないにしても。



「………………ねたい」

 耳元で囁くように言われ、キラの心臓が瞬間はねた。
 いやわかっている。
 言葉どおりの意味しかないということなど。
 だが、だ。
 おかげで言葉自体の意味を理解するのが、記録的に遅れた。


「アス……ラン?」
「眠い。寝たい。一緒に寝よ、キラ」




 だからアスランにそんな意図はなくって、そんな意図ってどんな意図だよ、だから何がしたいんだよ、ああ何考えてるんだ。

 くたっと力が抜けて崩れ落ちていく身体を反射的に支え、抱え込むのは混乱しきった思考回路。


 疲れてる。
 それはわかった。
 まともに寝ていないのかもしれない。
 なら寝るべきだ。
 それはいい。
 それは当然だ。

 だがしかし、この状況は如何といたものか。

 どうしようもなく加速していく心臓の音。

 けれど対照的にアスランはキラを抱き枕と――もはや生き物でさえない――しか思っていないのかもしれない。


 途方にくれた。

 完全に意識を飛ばしてしまったアスランは、というかだいたいにして意識のない人間というものは重たいもので。
 もしかしなくてもキラは彼女を運ぶべきなんだろうか。
 彼女のベッドに。
 まさかここに放っておくわけにもいかない。
 その上アスランの手がキラの服をしっかり掴んでいることにも気がついた。
 …………もう何度目の言葉かわからないが、どうしようもない。


 頬があつかった。
 もしかしなくても真っ赤になっているだろう顔を、アスランに見られないことだけは救いではあるけれど。
 でもそれ以前に見れるような状況だったら、こんなことにはなっていない。



「ああ、もうっ」

 踏んだり蹴ったりとはこのことではないか。
 アスランはキラに振り回されているというけれど、本当に振り回されているのはこっちのほうだと真剣にキラは思う。


 ベッドに運んで、それでどうしろっていうんだ。
 どうにも服を離してくれそうな気配もない。









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あとがき。
おちない。おちきらない。駄目だ。スランプだ。っておちきったことなどないけれど。
本気でヤマがなくてオチがなくてイミがありません……。
しかし何が問題って無駄な文章が多すぎるところだと思われる


以下おまけです



<おまけ>
 次の日。
 …………何が次の日だったかというと、キラが起きたのが、である。
 次の日の朝だった。
 どうしようもなかったので、腹をくくって一緒に寝た。
 寝た。
 と一言で言ってしまえばとにかく簡単なことに思えてくるけれど、現実はそう生易しいものじゃないことは言わなくてもわかってもらえると思われるが。
 とりあえず羊が3000匹を超えたことだけは言っておこう。
 慣れたことじゃないかというけれど、いつもはアスランが勝手にもぐりこんでくるわけであって、キラはその時にはもう熟睡してしまっているので、いつもとは全く違う。
 子供の頃よくやっていただろうと言われても、もう子供じゃないと主張しよう。
 そんなこんなで色々とたいへんだったキラをアスランは知ってか知らないでか。
 …………知っていても困るのだが。
 十分寝て機嫌がいいのか、笑顔で揺り起こしてくれた。
 恨みそうになったが抑えておいたのは、誕生日だったしと理由になっているのかいないのか。
 無理矢理納得させるにはとりあえず足るか。

 ただ問題はこの後だ。

「結局何にも用意できなかったんだけど」
 と言ったキラにアスランが笑った。
「いいよ。色々もらったし」
「…………いつ?」
「さあ、いつかな。寝てる間?」

 …………………………………………………………何を?