それは丁度うとうととまどろみ始めた頃だった。 とんとんとんと控えめなノックがアスランの耳に届いたのは。 夢との境目にいた彼は最初無視をした。 というか、耳には届いたがそれだけで意識が捕らえてるわけではなかったので、彼のせいだと一言では言えない。 しかしながらそれは次第に大きくなり、アスランを現実に引き戻そうとする。 それはそれは必死に。 いじらしいまでに。 だが、アスランにとっては安眠妨害でしかなく。 邪魔でしかなく。 迷惑でしかなく。 とんとんとんがどんどんどんになり、どおんどおんどおんと変化し、どこどこどことたまに退化してガンガンガンガンガンガンガンまでたどり着いたとき、やっとアスランは身体を起こした。 途中からはあえて耳をふさいでいたのだが、それも限界に達してしまったのだ。 「こんな時間に誰だよ、一体」 当然のように、機嫌などいいはずがない。 毒づけば答えるかのように、これ以上のうるさい音はさすがに夜はダメだろと思うまでの音を打ち鳴らしている人物は、こんどは声を付属させてきた。 「アスラン、アスラン! ねえアスラン起きてる?」 これだけ叩いて返事のない相手にわざわざ訊く言葉ではない。 が、とりあえず知っている声にアスランは思わず頭を抱えた。 瞬間、あえて無視し続けようかと考える。 だがそれがむなしい努力だとわかってはいた。 しかし、だいたい何故彼がここにいる? その考えにたどり着いたとき、言いようのない怒りと行き場のない不満がアスランを支配した。 確か彼――キラはアスランの部屋を一人で占拠してしまったのではなかったか。 原因はくだらないいつものけんかだ。 だけどタイミングが悪かった。 すでにキラはアスランのうちに止まることになってしまっていて、派手に口論を繰り広げ挙句に涙目になってしまったキラは、ここで家に泣き帰るというのも許せなかった――この場合自分をだが――のだろう、アスランの部屋に駆け込んで鍵をかけ篭城してしまったのだ。 おかげでアスランは客室で寝るはめになった。 それはつい数時間前のことではなかったか。 そんな彼等を見て、アスランの母レノアがこちらの気も知らないでほほえましそうに笑ったのに腹を立てたのは、記憶に新しい。 「アスラン! アスランってばあ! 開けてよ。起きて。起きて開けて。アスランー。アスー」 それでもやっぱり無視できそうにないのは、これはなんというのだったか。 確か。 惚れた弱みとかなんとかかんとか。 アスラン・ザラがため息をついている間にも攻撃は続く。 果てしなく。 「あすらん〜。あすぅ。あすらんあすらんあすりんあするんあすれんあすっ! まだ起きない気かあすきちあすたろうあすばかあすっ」 もう意味がわからないと思いながらもアスランは諦めた。 原因はその今まで寝ていたせいかうまくまわらないらしい舌ったらずな、彼を呼ぶ声が、切羽詰っていたというのと、それから泣き出しそうになっているのを感じたから。 だから、諦めてドアを開けた。 しかしその時丁度訪問者の口から放たれた言葉は、なんというかまあ、閉めてやろうかと彼に思わせるには十分なもので 「ひとでなしー」 というものだった。 もはや名前ですらない。 やっぱり閉めるべきかもしれない。 だがドアを開けてさて閉めようかとアスランが行動を起こすよりも訪問者の攻撃のほうが早かった。 攻撃、とは言ってももちろん蹴ったり殴ったりしたわけではない。 笑ったのだ。 ただ。 それだけ。 ただし満面の笑みで。 漫画なら背景に花でも描き入れられるだろう。 普通なら薄ら寒くなるような光景かもしれないが、はまっていた。 はっきりきっぱりさっぱりはまっていた。 一瞬男か女か迷うような可愛いといって差し支えの無い容姿をした少年には。 お前泣くんじゃなかったのかよと思わず突っ込みを入れそうになったが、よく見ると目は潤んでいるし、よく見ると頬に涙のあとがある気がする。 その上で、笑うのだ。 アスランの顔を見て。 どこか安心したように。 先刻も惚れた弱みと言ったとおりであるからして、ダブルパンチでアスランには会心の一撃であったことは言うまでも無い。片仮名でクロティカルヒット。 さらに、訪問者は小道具なのか武器なのか、枕まで装備していた。 ここで押し倒さなかった彼をこそ褒めるべきかもしれない。 「ど、うしたんだよ、こんな時間に」 声が多少上ずってしまうのは致し方ない。 「アスラン。良かったー。僕もうどうしたらいいかわかんなくて」 ぎゅっと抱きつかれて、正直困った。 「だから一体何があったんだって」 抱きしめてやりたい衝動をなんとか抑えつつ――ここで抱きしめたりなぞしたら、自分がどんなことどうにでるかわかったものではない。というか、想像できるのがいっそ怖い――もったいないと思いながらもその手を緩めるよう促して顔を上げさせる。 「とりあえず、入れよ。ここじゃ迷惑だから」 この時間だったら母ももう寝ているだろう。 「アスラン、ありがと。大好き」 消え入りそうな声でそんなことを言うのは絶対反則だろう。 「どうしても眠れないの。夢がね、嫌な夢が終わんなくて。だから、お願い。一緒に、寝よ?」 上目づかい。 涙を浮かべて。 頬をうっすらと赤く染めて。 心なしか微かに震えているようだ。 そして更に首をかしげ、その手はアスランの服の裾を軽く引っ張る。 「ごめんね。いっぱい嫌なこと言ってごめんね。だからね、だから。帰ってきて、アスランの部屋に帰って一緒に寝よ」 客室に入れと言ったのが気に入らなかったらしい。 一生懸命に言い募る。 なんなんだお前はと言ってしまいたかった。 手を出せばゲームオーバー。 アスランは、絶体絶命のピンチに追い込まれた。 さあどうする。 とはいっても、アスランがとれる行動など一つしかないのだ。 たくさん選択肢が並んでいても、その一つ以外に取りようがないのだ。 そして取る気もないというのが、自分でも思うが救いようがない。 何か得たいの知れないものに、試されてる気がしてきた。 「いいよ、わかった。一緒に寝よう」 「ほんとっ?」 キラは手を握ってやったら、ほっとしたように詰めていた息を吐いた。 back あとがきという名の突っ込み処。(反転してください) 甘やかという単語は日本語にありません(死)でも他にいい響きがみつかんなくて。 しかも。この話はもともとオリジナルのサイトの拍手だったとかいう。。。。。いや、名前とか他ちょこっと変えましたけど(あたふた)うん、もともと寮の話だったしな。 って知ってる人いないんだから、黙っときゃよかったかも(遠い目) |