素晴らしき日々<前>


 放り投げるように置かれた数枚の紙――何かと思えばどうやら写真のようだった――を見て、キラは微かに眉をあげた。
 それ以外の反応はかえさない。
 なんだかとても面倒だった。
 こわばったような顔を作るのも。
 焦ったふりをするのも。
 目の前の、こんな奴のために指一本動かしたくもなかったから。


 キラがここ、美術室に人づてに呼び出されたのは昼だった。
 今はだいぶ日が落ちている。
 要は昼無視してみれば、本人が呼びに来てしまったということなのだが。
 おかげで目の前の彼――さて名前はなんと言ったか。そんなことすら覚えていない。興味のないものをわざわざ覚えるほど暇ではないから。まあアスランだったら覚えているかもしれないが。彼は無駄なことを意識せずにやってしまう性質らしい。結構なことだ――とにかく彼というからには男なのだが、どうやらそのこともあってか機嫌はよろしくないらしい。
 浮かべられてる笑みは機嫌の良さを表しているのではなく、こちらを馬鹿にしたような、見下しているようなものだったから。
 やはり、気分のいいものではない。
 こんな下衆に見下されるなどということは。


 数枚の写真に一瞥をくれたキラは、それを手に取りもせずにうっすらと笑った。

「それで?」

 机の上で足を組んだ。

 写真は色鮮やかに自身を主張する。
 風景は確かにこの美術室から見えるものだ。
 向かいの生徒会室を中心として。
 そう見やすいものではなかったが、それでも誰が何をしているかぐらいはわかる。
 中には望遠でとったものまであるらしい。
 ご苦労なことだ。
 まったくもって。


「おいおいおい、言うことはそれだけかよ。はは、その強気がいつまでもつかね」

 彼はキラが虚勢を張っていると思っているらしい。
 ただキラはあまりにくだらなくて、まともに返事そする手間を惜しんでいるにすぎないのだが。
 まあいい。
 誤解を解く必要もない。


「キラヤマト?」

 生来のものではない、明らかに抜かれた色の髪は痛んでいた。
 いくつもあいたピアス穴と、はめ込まれた石。
 着崩したシャツは、きっとカッコイイと思うからやっているのだろう。

 本当にどこまでも趣味じゃない。
 唯一キラの感心をひくのは、太陽に反射する自己主張の強いそれでなく、闇にとけてしまうしまうのではないかと思われるほどのそれ。
 唯一真に価値のある宝石とみるのは、世界でたった二つの優しい翡翠。
 無駄に肌を見せられても興味などわかず、ただ目障りなだけ。
 むしろ隠されていたほうが暴きたくなるではないか。


「だからそれで? 君は何を言いたいの」
「そんなこともわかんねー? 言いたいことなんてこの状況じゃ一つだろ」
「だからそれを聞いてるだろ。君は何をしたいのか、僕に何をさせたいのか」

 なんで僕がわざわざそんなことまで説明してやらなきゃならないのか。
 口を開くのでさえ億劫なのに。
 そう滲ませて言えば、さすがに相手もむっとしようだが。
 それでも見下した態度を崩さないのは、ひとえに弱みを握ったと思い込んでいるせいだろうか。
 単純でうらやましい。
 いっそ涙がでてくるほどに。


「これに映ってるのお前と生徒会長殿だよな」
「そうだね」

 これは否定しようもない。
 別に否定することでもないけれど。

「お前らってそういう関係だったんだ」

 彼の言う『そういう』が一体何をさしているかは確かではなかったが、きっとその写真に写る限りの、上っ面だけを指したものだろう。
 思わず鼻で笑いそうになったキラは、目を逸らすことでそれを防いだ。
 そんなことは彼の目的とやらを聞いたあとででも遅くはないのだ。
 ならば先にその言い分、聞いてやろうではないか。

「これ、バレたらまずくね? せいとかいちょースキャンダル。今まで信用大きかった分評判がた落ちだよなあ。不純同姓交遊なんて」

 にたにたと笑うその顔が、ひどく気に障る。
 そして彼ごときに少しでも気分を乱されてるという事実がまたさらにキラの機嫌を悪化させる。

「生徒会長プライド高そうだしなあ。耐えられんのかね。ひぼうちゅうしょー」

 馬鹿丸出しの平がなはやめて欲しい。
 なんだかこっちの人間としての格まで落ちてしまいそうで、不愉快極まりない。
 もうこの時点で――というか、最初からなのだが――まともに交渉してやる気はさらっさらなかった。
 それでもキラは一応聞いてみる。
 何が望みだ、と。


「で、だから僕に何をしろって?」

 だいたいキラは状況説明など初めから求めてなどいない。
 一目でわかるものを何故そうまでして主張したいのか。
 さっさと要求を言えと言っているのに。
 馬鹿だ。
 どうしようもない馬鹿だ。
 かの生徒会長殿もまた馬鹿には違いないが、こっちはさらにひどすぎる。
 まあ次元が違うといってしまえばそこまでだ。

 その生徒会長様といえば、こうなることを昨日の時点で予測してくださっていたのだから始末に終えない。
 事情のあとで『誰かに見られてたね。写真撮られたみたいだし』と平然とのたまってくださったのだ。
 誰がどっちにくるのかななんて楽しそうに笑われたのだから蹴り倒したくもなるというものだ。
 彼にしてみればくそおもしろくもない日常の、スパイスにもならないちょっとした暇つぶし、のレベルなのだろうが。
 ならば彼のほうに行って欲しかったと切に思う。
 なんて貧乏くじだ。


「キラちゃんさあ、そんなにイイの? 生徒会長が虜になっちゃうほど」
「さあね」

「俺にもヤらせてよ。男って一回やってみたかったんだよね。でもほら、なかなか押し倒したい奴っていなくてさ。でもキラちゃんなら上出来だよ。可愛いし」
「それはどーも」

 ここでこの男にヤられてしまえば、噂の生徒会長はどんな反応を示すだろうか。
 焦るだろうか怒るだろうか悲しむだろうかと考えて。
 なんとなくやっぱり貧乏くじな気がした。
 その場合もしやキラのほうにしわ寄せがくるのではないかと思って。
 もっとも名前も知らない男子生徒がどうなろうと知ったことではないが。
 病院送りにし、退学にしても、殺さなかった分の欲求不満がきっとキラのほうに加算されるのだ。
 冗談ではない。
 なんでこの男は彼のところへ行ってくれなかったのか。
 彼だって十分可愛いと思うのに。
 いや、綺麗と言うべきなのかもしれないけど。
 それでも名前が売れてる分、キラよりも抱きたいと思っている人間は多い……らしいのに。


「あ、何? 結構ノリ気? 俺ってば優しいから別に彼氏と分かれろとか言わないよ。たあだちょっと一緒にアソんでくれればいいだけで」

 ため息とか、ついたらいけないのだろうか。
 それはちょっと拷問に近い。

「ちなみに聞くけどそれって一回? それとも……」
「一回なんてそんな勿体ないことできねえな。こっちもそれなりのリスクかけてるもんでね」

 そっちのリスク云々などどうでもいいが、しかしこの男は気付いているのだろうか。
 今この話をしている瞬間にそのリスクがどんどん高くなっていっていることを。
 有無を言わさずとりあえずヤったほうが時間短縮でよろしいと思われるのに。
 やっぱり馬鹿だ。

「ついでにもう一個。その写真のネガ、ああ、焼いたものもそうだけど、それって返してくれる気ある? それともそれで脅したまま関係続けるつもり?」
「ん〜。別に返してやってもいいけどさ。その場合キラちゃん逃げるだろ?」

 はははと笑う声が教室に響いた。

「じゃあ、一つ提案。ネガくれたらさ、一回だけ抱かせてあげるよ」

 同じくくすくす笑いながら言ってやらば、気分を害されたらしい彼と目が合った。

「な〜にお馬鹿なことを言ってんだよ。そんなのノるはずないだろ。キラヤマトって本当は、馬鹿?」
「馬鹿は君のほうでしょ。リスクがどうのとか言ってたけどさ。君って本当はそのリスクの大きさ、全然理解してないね」
「なっ。どういう意味だよ」
「脅せばどうにかなると思ってるでしょ。脅して従わない人間はいないと。でもね、それって回避する方法、結構いろいろあるんだよ? 僕はだいぶ譲ってあげてるつもりなんだけどな」

 回避するのもまたやらなきゃいけないことが増えてめんどくさいし、と。

「はあ?」
「一回ぐらいなら考えないこともないんだけどさ。何回もとなるとさすがに面倒だよ。何度も顔あわせるほどの価値も見出せないしね」

 すとん、と床に降りた。
 背の差は、やはりある。
 十センチ以上相手のほうが高かった。
 体重の差はそれ以上だろう。








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(一言)
目指せ黒キラ。