贈り物


 がこっと鈍い音が遠くからして、瞬間嫌な予感に襲われたアスランが振り返ると、やはりというかなんというか、どうやらその予感、ぴったりと当たってしまったようで、アスランの視界にぴくぴくと動く黒いものが見えた。
 マグカップから二本覗かれるそれは、日常的に目にするものではありえない。
 慌てて駆け寄ってカップをひっくり返した。

 ―――キュイ

 手の中にはちょこんと座って小さく鳴いく小動物が一匹。
 安堵のため息をつくとへたっと長い耳がたれた。




 ことの発端は、遡ればどこまでいくかはあいにく確かではないのだが、とりあえずアスランにとっての始まりは、一つの贈り物だった。
 いささか不安を覚えたのは、父からだということ。
 そしてそれが妙に大きかったということ。
 さらに、中からごとっという音と、それに伴う振動がアスランを襲ったということ。

 父からの贈り物というのは、そうないわけではない。
 一応放任という形をとってしまっていることに罪悪感でも覚えるのか、ちょくちょく連絡をよこしてくるし、なんだかんだと送ってくる。
 ただその不器用な愛は、アスランにとっていつもかつも嬉しいものとは限らないだけで。
 高望みはしていない。
 欲しいものを、本当に必要だと思っているものを送ってこれるような甲斐性など、母ですら認めていない。
 だから、だからせめて邪魔にならない。
 机の中にでもしまっておけばそれで満足するような、そんなものを望んでいたのだが。

 しかし、だ。


 今度は一体なんだろう。
 突拍子もないものばかり送ってくるのは――最近その傾向が特に強い気がする。
 彼は息子に何を求めているのだろうか。


 そして今回送りつけられたものは、といえば。
 今度はどうやら目的を達成したらしい、こりもせずマグカップから顔だけをだしている黒いウサギだった。
 生まれたばかりなのかとても小さい。
 手のひらの上で丸くなってしまうそんな大きさ。

 名前のところには簡単にミニウサギと書いてあった。

 が。
 父は知っているのだろうか。
 ミニウサギがどれぐらい大きくなるのか。
 ミニウサギのミニとは小さいという意味ではなく、雑種という意味であることを。

 そういえば母がこの間子供の情操教育に云々という話をしていたが。
 聞き流さずコメントを入れておけばよかった。
 きっと彼女が父に吹き込んだのだろう。
 ペットが良いと。

 なんだか犬をあてがわれる老人ホームの老人になった気分にもなりはしたが。

 それはそれとして。
 せっかくというか、送りつけられたものを今さら送り返すわけにもいかず。
 だからといって捨てるなどもってのほかであるし。
 どうしようもなくて途方にくれていれば、件のウサギはウサギで家のなかを駆け回ってくれるし。
 当然だが追いかければ逃げるし。
 途中あきらめたら――このまま逃げ出してくれたならまだ言い訳がたつと思った――こんどは反対に寄ってこられた。
 気分屋のウサギに泣きたくなった。


 これからどうなるのだろう。
 ペットの世話がどれだけ大変なのか、父は知っているのか。
 子供の世話さえまともにできない父が。
 そしてアスランはといえば、その世話を必要とする年齢である――実際がどうかは置いといて、一般的な年齢では。


 とりあえず、そうだ何をしなければならないのか。

 一通りセットでケージやらなんやらを送ってきたのはいいのだが。
 必要なのは…………、たぶんこれで全部そろっているのだろう。と、思いたい。
 

 知識不足が問題だ。
 本屋に行こう。
 で、買うのは『ウサギの育て方』とか?
 …………級友には絶対に逢いたくないと切実に思う。
 今さらイメージがどうの――さすがにこの可愛らしいウサギが自分のイメージとあっているとは思えなかった。この点に関しても父に一言言ってやりたいと思う――とかはもうどうでもいいのだが、からかわれるのはやはりおもしろくないから。

 だいたいなんでウサギなんていう、可愛らしいが、可愛らしいだけ、のものを送ってくるのか。
 犬ならばまだ使い勝手が、と、そういう用途で飼うわけでもないのだが、それでもまだ理解の範疇だ。
 ネコでも許そう。
 鳥も一般的だろう。
 ハムスターという手もある。
 いっそ金魚とかでも楽でよかったかもしない。
 なのに。
 こんなのもたくさんの選択肢が存在しているにも関わらず、彼が送ってきたのは黒いウサギ。
 耳が横にたれているのが非常に、確かに非常に可愛い。

 それともなんだろうか。
 普通の動物であったことから喜ぶべきなのだろうか。



 文句は果てなく湧き出てくるが、ここでいつまでも呆然としていても仕方ない。
 ウサギがおとなしくマグカップに収まっているのをこれ幸いと、アスランはそのカップを手に取り、組み立てたケージをあけた。
 が、油断した。
 ケージに入るのを嫌がったウサギは、ひょいと飛び降り走ったかと思うとカーテンの後ろに逃げ込んでくださる。
 放し飼いかでも望むのか。
 さすがにそれは世話が大変だから勘弁して欲しい。
 苦笑して追いかける。
 すばしっこい小動物とはいえ所詮は小動物。
 捕まえるのは身体が小さい分大変だったが、無理なことではなかった。

「これ、暴れるなよ」

 しかし捕まえれば暴れる。
 落ちたら危険なのは君のほうだと言っても、ウサギにわかるはずもない。

「い〜〜やぁ〜〜」

「…………………………」

 ……何か。
 何か聞こえた気がしたが。
 きっと。
 そうきっと。
 気のせいに違いない。
 気のせいだと思いたい。
 気のせいでないとおかしいだろう!
 ありえないだろうっ!
 いくら父がおくって…………、そう父がおくってきた………………、どうしよう。普通じゃないものだったら。

「やあぁだ」

「………………あ〜〜〜」

 いくつか可能性をあげてみよう。
 その1、実は生物ではなく機械。
 その2、幻聴。
 その3、父の悪戯。
 その4、夢。
 その5、夢。
 その6、夢。
 その7、夢。

 個人的な希望としては4か5か6だろうか。
 別に7でも許す。


「せまいのきらいぃ〜〜」

 では何故マグカップなんぞにはいっていたのか。
 矛盾点を指摘したら…………。
 それはこのウサギがしゃべったことを認めてしまうことになる。


 さっさと……。
 さっさとケージに入れてしまおう。
 決心を新たに、アスランは訴えを無視することにした。
 疲れているんだと思い。
 本屋も明日にしたほうがいいだろう。
 今日はもう早く寝てしまおうか。

「ね、やだ。やぁだ」

 訴えは、無視。
 無視といったら無視。
 押し込んでさっさとふたをする。
 知能指数の低い小動物ならあけることなど不可能だ、ろう。
 ただガションガションならされるプラスチックがうるさくはあった。

「だしてぇ〜」

 なんだか悪いことしている気分になってくるのはどうしてだろう。

「ここやだあぁっ」

 本当に、なんでだろう。

「ああっ、もうっ」

 うるさくて適わない。
 それが理由だ。
 別にウサギがしゃべっているなどと言うことは認めたわけじゃない。
 むしろ自分の頭がすこしどうにかなってしまたのだとそう思ってもいい。
 心の底から夢であることを願いつつ。

「駄目だって言ってるだろ」

 いや言ってない。

「やだ」
 それしか言えないのか。
 …………だからしゃべってることを認めたわけではなくてっ。

「部屋汚されたくないんだよ」
「……いいこにする」

 ウサギが?

 駄目だ。
 頭が痛いじゃすまされなくなってきた。
 無視だ、無視。
 そしてさっさと寝てしまおう。
 ガシャガシャいう音も、寝室までいってしまえば聞こえないだろう。
 そう思って。


「まって! やだ、おいてかないでっ! だして、だしてぇっ」


 非情だろうか。
 アスランは部屋を出た。
 悲鳴のような懇願は部屋の外まで聞こえてくる。
 しかし動物をケージに入れてそれで非情とは……。
 間違っているのは一体何なのか、誰なのか。

 ふらふらと寝室に向かいながら、そういえば、と思い出したのは。


 名前を決めていなかった。

 ――――――キラ、とかどうだろう。


 なかなかいい感じでは…………って、だから認めたわけではなくて。
 やっぱり寝よう。
 早く寝よう。
 それで明日考えよう。
 願わくば今の出来事が夢でありますように。
 最低でも、ウサギが送られてきたことは現実でもいいから、ウサギがしゃべっただなんてそんなわけのわからないことだけでも夢でありますように。




 現実逃避の末本当に寝てしまったアスランが、起きて手にふれたもこもことした感触に叫び声をあげるのは、数時間後の話。








back



(一言)
すいません。ごめんなさい。申し訳ございません。私が悪う(以下略)
なんだかとても世界中に謝らなければならない気がする。