「あつ………い。あついよ」 ぐったりと壁にもたれて苦しげな息を吐き、そしてもどかしげにボタンに手をかける、 その動作一つ一つがどうにも艶かしくて仕方ない。 とても……、不謹慎かもしれないが。 「キラ?」 「アスラン、あつい」 呼びかけてもまともな返事は返ってこない。 ボタンをはずしていく指が、4つめにすべると、さすがにまずいと思い、手を伸ばすが―――。 パシンと鳴った冷たい音は、拒絶だった。 「っは、あ……」 拒絶は、やはりというかひそかにショックで。 顔にはあまりでていないがアスランは呆然とキラを見る。 その間にキラのストリップは着々と進むのに。 ただ、一つ言わせてもらえるのなら、アスランが止めるのが遅すぎた。 あと、一つ。 シャツの下には何もつけていない、白い肌があらわになるまで。 ひどく。 ひどく、ただひどく、目に毒だった。 「助けて、アスラン」 誘惑は甘く、魅力的でしかない。 しかし。 綺麗な花には棘がある。 うまい話には裏がある。 同様に、甘い誘惑には罠がある。 特にキラのは。 そんなことは長い付き合いだ。 わかっている。 わかっているが。 飛んで火にいる夏の虫のごとくふらふらと引き寄せられてしまいそうな自分に、もはや溜め息を禁じない。 いや、溜め息でもつかなければ、綺麗な花に引き寄せられ、あげく食われてしまう気がしてらなかった。 捕まるのはいつもアスランのほうだ。 キラはひらひらと手をすりぬけて行ってしまう。 「どうにか、して」 さっきは拒絶したくせに腕を伸ばしてくる。 だが、これをとればまた待つのは拒絶だろう。 わざわざ自分から傷つきにいくようなことをするのは億劫だった。 伸ばす。 誘う。 だかとれない。 拷問にも等しいのではなかろうか。 「無理」 すげなく切り捨てる。 この飢えなく不満そうな顔で見上げられるが。 だいたい思いつくのはもっと暑くなるようなことばかりだ。 残念ながら。 本当に、とても、残念なことに。 これ以上こんな彼を視界に入れておくのは危険だと――アスランにとっても、またキラにとっても――判断し、アスランはキラに背を向けソファに腰をおろした。 「アスラ……ン?」 「…………何?」 「アツイ」 目を向けるところにコマってさまよわせていれば、目の前を何か白いものが飛んだ。 「それはもう聞いた」 ――――シャツ? とうとう投げ捨ててしまったか。 「機嫌悪い?」 「良くは、ないな。さすがに」 キラではないがここは恐ろしく暑いので。 思考が奪われ、何もしたくないと思えるほどに。 苛々と、何もしていなくてもただ気が立ってしまうほどに。 なんとかそれを馴染みの性格のみで抑えているのだが。 それもいつまでもつだろうか。 もともとの原因はキラだ。 今一番文句を言っているキラに他ならない。 暑い暑いとわめきたて、ちょっとやちょっとのことではどうにもならないだろうと思われた空調を酷使して、壊してしまったのは。 朝から夜までそして夜から朝までつけっぱなし。 その激務に、アスランはいっそ空調が不憫になった――のは、どこか常の自分に重ねてしまったからかもしれない。 「あ〜〜〜。もう、いろんなもの投げつけたくなってきた」 「イザークみたいなことするなよ」 「それもこれもみ〜んな、このあつさが悪いんだよ。僕じゃない」 「その暑さを招いたのはキラだけどな」 キラに厳しい言葉をぶつけても逆効果だとはわかっている。 そこでしずしずと黙りこむような性格ではなく、むしろ火に油をそそぐようなものだと。 けれどそれでも言わずにはおれなかったのだ。 それぐらいにはアスランも、まあ、機嫌が悪かった。 「あれぐらいで壊れるのってちょっとやっぱ不良品だったんだよ」 「あのな」 「アスランどうにかして」 頭が…………痛い。 訴えられてももはや動く気さえ起きなかった。 キラと同じく。 だから業者を呼んだのだ。 いくらアスランといえ、業者に適うはずもないのだから。 とはいえ、業者は業者で忙しいらしく、くるのに時間がかかるという難点もあるのだが。 だいたいまずかったのは、家じゅうの空調が繋がっていることだろう。 今度……、いや、ついでだから今回を機に全部切り離してしまおうか。 そうすれば一つ壊れてもキラの避難場所は確保できる。 もっとも。 家中の空調を稼動させるなどと冒険なことをキラがしなければの話だ。 「ねえ、アスラン。ちゃちゃっと直しちゃいなよ」 「……シャワーでも浴びてこいよ」 「うん。じゃあその間に」 「お前なっ!」 空調ではないがアスランもそのうち壊される気がする。 キラに。 キラはもっと学ぶべきだ。 何をどうしたらどうなるのか。 壊れたら誰が困るのか。 …………困らなかったらどうしよう。 「早く直してさ、ガンガンに冷たくしてー。そしたらちょっとはあつくなることしてもいいかなって気になるんだけど」 誘惑は甘く、しかし綺麗な花には以下略。 考え込んでしまった時間は意外というかなんというか、少ない。 ため息をつきながら、しかしキラにしてみればいそいそと、アスランは立ち上がった。 自分のために。 あくまで自分のために。 その後ろでキラはシャワーへと向かう。 back (一言) キラが無駄にひどい……。 |