続勝負 アスランリベンジ編

「キラ」
 はい、と手渡されてキラは正直驚いた。
 それがゲームのコントローラーだったから。
 珍しい、というより……何が起こった? と。
 いつもはキラがしようといって、アスランが駄目だといって、それでもキラが無理矢理押し切って。
 なんだかんだ言いながら付き合ってくれるのがアスランで。
 天変地異の前触れか?
 とはさすがに言いすぎだろうか。
「どうしたの?」
 訝しげに尋ねるキラに、アスランは綺麗な笑顔をつくって言った。
 一瞬見惚れそうになって慌てて目をそらした。
 だってしょうがないじゃないか。
 アスランは基本的に綺麗だ。
 …………怒ってないときは。
 昔は可愛いの一言で済んでいたのに、最近はそれに加えてどんどん綺麗になっていって。
 アスランはキラのことを可愛いというけれど。
 キラはアスランのほうが、なんだろう、そう、目の保養だと思う。
 いや、そんなことを考えながら友達をやっているわけではないのだけれど。
 それはおいといて。
 だから、何が言いたいのかというと。
 もともと綺麗なのに、そんなに風に笑うなんて卑怯だと思うのだ。
「リベンジ」
「なんの?」
「昨日の」
 昨日……。
 ムウさんに教えてもらった裏技をつかってアスランに勝って、いやそうなアスランを無理矢理ベッドに押しこんで一緒に寝た……だけ。
 そんなに悔しかったんだろうか。
 まあ、アスランは見かけによらず負けず嫌いなんだけど。
 それは知ってるんだけど。
 キラは一緒に寝れて――しかも恥ずかしいことは一切なかった――とても嬉しかったのだけど、アスランはそんなに嫌だったのだろうか。
 考えて哀しくなってきた。
 嫌、なの?
 嫌い、なの?
 きいたらきっとそんなことないよって言うんだろう。
 たまに。
 ごくだまに。
 アスランが考えてることがわからなくなる。


「キラ、何考え込んでんの?」
「え? あ、なんでもない」
「やらないの?」
「やる」
 思うところは色々あったけれど、それでもキラは断らなかった。
 その珍しい誘いを、断るだなんてそんなものはキラの選択肢にはなかった。
 もったいない。
 年に一度あるかないか、といえば言いすぎだろうか。
 それでも一切の文句を言われずにゲームができるのは珍しいを通り越して、貴重だと言うしかない。
 それから、あとは少しだけ、アスランのあまり目にする機会のない綺麗な笑顔に負けたから。
 ただキラは忘れていた。
 その笑顔がどういうときに向けられるものだったか。
「今日は勝つから」
「……負けないよ」
 くすりと笑って宣言された。
 それに少々憮然としてかえした。
 『勝つ』という言葉と『負けない』とう言葉。
 この時点ですでにできてしまっていたその差に、キラはあえて目を瞑った。
 確かにアスランには負けることのほうが多かったけれど。
 それでも全敗というわけではなかったし。
 昨日は、勝った、し。
 ……裏技使ったけど。
 それでも勝ったことは事実に違いない。


―――――――FIGHT

 聞きなれた電子音がゴングをならした。
「アスランってさ、意外と負けず嫌いだよね」
「ああ、そうかもね。でも……」
「でも?」
 不意に途切れた言葉に、軽く微笑んだアスランは、けれど答えてはくれなかった。
 それをさらに問い詰めようとして。
「…………ぁっ」
 …………しかしキラはしなかった。
 正確に言えば、できなかった。
 カチカチというボタンを押す音とバシッやらゴンッだとかいう効果音、それにキャラクターのうめき声をふくめた台詞。
 代わりにそれに混じって、キラは小さく声をあげた。
 アスランに届いたどうかはわからない。
「ちょっ、とまっ………っ」
 震えた声は昨日のそれを意図したものではない。
 そんな余裕はなかった。
 ただ、目の前の出来事は無情だった。
「うぁぁっ」
 艶っぽいものは一切ない。
 それは焦りのみを含有していた。
「あ、ああ、ああぁっ、ぁああぁぁあぁああ!!」
 叫んでキラの手から、ストンとコントローラーが転がり落ちた。
 そんなことをすれば負けてしまう。
 が、もうそれを気にする必要はなかった。
「うそ」
 呆然と、それしかできなくてキラは呟く。
 けれど画面は一つの事実しか示さなかった。
「秒殺?」
 いつものように始まったそれは、ただしいつものようには進まず、気付いたら体力ゲージが半分に減っていて、焦った。
 焦って挽回しようとコマンドを入力しているうちに……終わった。
 早い。
 そして早すぎる。
 ゲームの機能を無視しているのではないかという速さに、キラは愕然とするしかなかった。
 今までこんな負け方をしたことはない。
 確かにアスランには負けっぱなしで、勝てることなど滅多になくて――昨日は勝ったけど。と、そうやって拘ってしまうくらいにはなくて。
 でもだからといって全敗というわけではなかったし。
 実力はここまで圧倒的な差ではなかった、はずだ……と思っていた。
 なのになんだろう。
 この事実は。
「さて、じゃあ。キラに何してもらおうかな」
 キラを打ちのめした張本人は、やっぱりまだ綺麗な笑顔のままで言った。
 ここで焦るなというほうが無理だった。
 負けず嫌い。
 先ほど肯定された言葉は、事実ではないとは言いがたいことではあったけど、でも今回に限ってそうではなかったのかもしれない。
 『でも……』と言いかけた言葉は何を意味していたのか。
 ここにきてキラは初めて気がついた。
 負けたのが悔しい?
 それもあるだろう。
 でも、それだけじゃない。
 一緒に寝ろと言ったのが嫌だった?
 そういうわけじゃない。
 けれど気に食わないことが確かにあって。
「なし。それなし! た〜まにしか勝てないからご褒美なんだよ? いつも勝ってるアスランがそんなことしたら、そんなのずるい!」
 苦し紛れに言った言葉は。
「だめ」
 簡単すぎるほど簡単に、却下された。
 考察の余地もない。
 嫌だといっても、駄目だといってもアスランはやるだろう。
 勝手に。
 キラがアスランにしたことを逆手にとって。
 悪気はなかった。
 そのことが免罪符になるだろうか。
 そうは思えない。
 青くなってるキラはアスランにはどう映っているのか。
 心底楽しそうなアスランには。
「アスラン、ズルしただろ君」
 ひどく眩暈がしたような気になってごろんと転がり、本音ではなかったけれど毒づけば、アスランは苦笑した。
「してないよ。だいたいしててもお前文句言える立場じゃないだろ」
 アスランは言いながらキラの髪を軽くひっぱってきた。
 こういう戯れごとは嫌いじゃない。
 気持ちいいから。
 もっとも今はそれだけで気分じゃ上昇するような、そんな簡単な状況ではなかったが。
「じゃあ今まで手加減してた?」
「いや別に。ただ今日はちょっと本気になってみた」
「…………なんで」
「ん〜。なんでかわからない?」
「わかりたくない」
 ふいっとそむけた顔を、髪をいじっていたアスランの手が引き戻す。
「……罰ゲームなんて認めない」
「むちゃくちゃだな、お前」
 自分でもわかっていたが。
 ふと思い出したことがあった。
 アスランが本当に綺麗な笑顔で笑うとき、それは……。
 一つ、本当にうれしとき。
 二つ、ものすごく怒っているとき。
 三つ、なんかたくらんでいるとき。
 今は、一番目ではないことだけはキラにもわかる。
 なら三番目なんだろうなあと勝手にあたりをつけてみたりする。
 ものすごく怒る、なんてことをした覚えはなかったし。
 …………たぶん。
 なかった、はず、だし。

「でも駄目。大丈夫だよ、そんな変なこと言わないから。ああけどそうだね」
 ぐいっと引っ張られ、なんの力もいれないでいれば、キラの身体はアスランの腕の中に納まった。
 まずい、んじゃないか?
 思い当たったそれは、経験に基づく。
 だがもう抜け出すことは適わなかった。
「明日朝起きれなくなるかも」



 そんな怒るようなことはしてないはず、だって?


 違う。
 すっごく怒ってる。






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(一言)
え〜怒ってないと思われます。欲求不満なだけで。